235話 月光国崩壊の避難とワシの男心
本当に豪華な場所だ。
門だけでもワシの身長の3倍は間違いなくある。
本当に気に食わない。
気に食わないけど、ワシ以外に月光国の誰がここに立てるってんだ。
「月光国が崩壊したんだ。ワシたちはずっとディオメシアの民を受け入れて来たんだから、王宮での保護を求める民だけでも中で面倒見てくれないか?」
「いきなり大勢で現れて、何を言ってるんだ」
「そんなことを言われても困る。王宮は関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「しょうがないだろう?こっちは事前に『何かあったらどこに避難したい?』って聞いたら『王宮に避難したい』っていうんだよこいつらは」
「なぜ王宮に来た。近隣の町に行けばいいだろう」
「おかしいな。この王宮が広いのは『有事の際に国民のために使えるように』って理由だろう?ディオメシアの人間なら、始祖ディオメシウスがその理念を持っていたことは知っているよな」
「それでも、ここは開けない」
「確か、先代の王の時代には災害時国民を避難させてただろう」
「今は先王の時代ではない!」
チッ、強情だな。
門番は頭が空っぽなのか?この侵略状態で家を持たない民が路上にいたら真っ先に殺されるだろうが。
それとも、自分判断で勝手に門を開けたらディルクレウス王に殺されるのか?
ありそうだな……でも、それをわかってて門を開ける奴のほうが英雄じゃないのかね?
(仕方ないか。これを使いたくはなかったが)
胸元のポケットに手を入れる。
門番のやつら、あからさまに警戒してやがるな?
武器は出さねえよ。
コマちゃんが、メリーが、アテナが、どんだけ細かくこの避難を考えてるか知ってるからな。
『ミクサ、お願いがあるんです。王宮に助けを求めたいと望む民が1000人近くいるんですが、彼らを先導して王宮に向かってくれませんか』
『コマちゃん。それはワシが反吐が出るほど嫌いな王宮に頭下げろって言ってる?』
『嫌なのはわかっています。ですが、全員をトモエの領地で面倒見ることはできません。少しでも分散できるなら、助けを求めたいんです』
『あの悪王が、わざわざ何の影響力もない国民助けるために門を開けるとは思えないけどな』
『だから、あなたに先導してほしいんです。貿易の小さな大国、月光国のトップであるあなたがいけば、きっと無視はできない』
事前にワシらは『もしも月光国が崩壊するなら』って想定をしていた。
避難経路の確保、避難先の準備、月光国にいる人間全員にどこに助けを求めるかの聴取。
これを全部どれくらいの時間で済ませたと思う?
一日だ。
恐ろしいよ、ワシはあの時以上に鬼気迫るコマちゃんを見たことがない。
三日前に血相変えたアテナが『月光国が崩壊する』って言ってから、止まる間もなくあの3人は走り回ってた。
その言葉を完全に信じてたんだ。
ワシは、百年以上何もなかった月光国の崩壊を信じられなかったのに。
コマちゃんはともかく、メリーもアテナも月光国の人間じゃない。
ステラディアとヴァルカンティアの重要人物が、寝ずに月光国走り回ってるんだ。
コマちゃんがいるから、月光国の運営と防衛に関わる奴ら総動員総動員してるし。
ディオメシアの避難民と月光国民の中にステラディア・ソルディアとヴァルカンティアに行ってもいいって人間はすぐにメリーとアテナが先導して疎開させたし。
ワシは一切口出ししなかった。
そしたら、最後の行程だってコマちゃんはワシにお願いしてきたんだ。
『よくみんなを見捨てないで考えてたね。だけど、ワシは王宮行きだけは反対だよ。あの悪王は人間というには冷酷すぎるし、コマちゃんが大好きなアンナ王妃やディアーナ王女みたいに優しくなんかない』
『危険なのはわかっています。だから、自分も一緒に』
『それはダメ。理由は、わかるよね?ワシ、悪いけど今回はただで言うこと聞いてあげられない』
『……どうすれば、いいですか。お願いします、自分たちは、あのお方のこの国を、国民を、守りたいんです』
『じゃあ、ワシにあるものをちょうだい』
『あるもの……?』
ワシの要求を聞いたあの時のコマちゃんの顔、悔しそうだったな。
でもしょうがない。
ディアーナ王女の専属使用人の誰かが王宮に向かえば、ディルクレウス王に情報を搾り取られるに決まってる。
トモエがもし行ったとして、あいつはディオメシアの一貴族だ。王様にお願いできる立場なわけがない。
有象無象の国民だけで行ったところで門前払い、最悪殺される。
相談された時点で、ワシ一人が行ったほうがいいのはわかってた。
そうだな、本当はコマちゃんのわがままに付き合うのも大変なんだよ。
月光国民だけならまだしも、ディオメシアの避難民まで全員助けるなんざほぼ不可能。
だけど、門番のお前らにはわからねぇだろう?
ただ言うことに従ってるだけの、お前らには。
いい男ってのは、好きな女の言いなりになるもんだぜ。
「怖い顔しないでくれ。ワシ、これでもディルクレウス王と花畑の中でお話したオトモダチなんだぜ?」
「信頼できないな。ポケットから手を出せ」
「はいはい、じゃあ見せようか」
ポケットのなかから手を出す。
手の中には、硬いものが握ってある。
それを、門番に見えるように掲げてやった。
ははっ、効果てきめんだったみたいだな。
「それ、それは」
「待て!偽物かもしれん」
「偽物なもんかよ。よ~く見てくれていいぜ?表裏、全部見な」
ワシの手の中にあったのは、王族紋の入ったカメオブローチ。
白と青の色が付けられた、細かい彫刻。王族用のもの以外に使うことが禁止されている王族紋のデザイン。
手元にあっても売ることは叶わない、それを王族にもらったものは、ずっと『所有物』になるという意思の表明。
ワシが、コマちゃんに望んだ物。
これがあるからコマちゃんはディアーナ王女サマの物で、ワシのものになってはくれない。
だけど、今、ブローチをこう使う以上の物なんかないだろ?
「ディアーナ王女専属使用人、コマチのものだ。ワシは、彼女に頼まれてここにいる。さすがに、無視できないだろう?それとも、ディルクレウス王に言ってやろうか……門番が『重要人物とその取り巻き』を手ひどく追い出そうとしたってな」
門番たちはすぐに開門した。
気持ち悪いくらい気持ちよく言うこと聞くのは、犬としては優秀だな。
ワシは、民と一緒に王宮に入った。
この先に何が待っているか、王宮の中に怪物がいることを知らないで。




