233話 俺と痛くもかゆくもない拷問
真っ暗な部屋の中は、寒かった。
今はかなり涼しい時期だってのに、ほとんど身ぐるみ剥がされて、濡れたまま放置されてるんだから当たり前ですね。
石造りの壁に窓はない、俺の体を椅子とくっつけるように拘束している冷たくて頑丈な鎖、隠し道具も全部没収されてしまった上に、出入り口は看守の立っている扉しかない。
感覚の計測でしかありませんが、大体レオンの部屋で捕らえられてから3日は経ちましたかね。
いくら拷問尋問に耐えるよう訓練しているとはいえ、20代の頃より体がちょっと弱くなったのがわかる。
三日寝ていないだけなのに、少々頭にもやがかかっている気がしますもん。
ぶるっとつい身を震わせると、牢の外で見張りをしている看守と目が合った。
まだ年若くて、初々しい。きっとディルクレウス王に徴兵されたばかりの青年。
見ればわかる、実戦など経験のない無垢な若者だ。
かわいそうに~。
戦いで徴兵されたのに、王の命令で俺みたいな人間の見張りをさせられて。
あ、可哀そうな恰好なのは俺の方でした。
ヘマした自己責任とはいえ、まさかディオメシアの地下牢に拷問付きで拘束されるとは思いませんでしたが。
「どうもここは冷えますね。何か温まるものをくれませんか?」
「……」
「無視ですか?ただお願いしているだけではないですか。こちらは水攻めに睡眠妨害、ついでにほぼ肌着で環境最悪なんですよ。さてはそれすら察することができないのですか?年長者として忠告しますが、女性にとって察せない男は切れない包丁くらいいらないです」
「……」
「どうしましょう~このままでは寒くて死んでしまう~。ディルクレウス王の欲してるディアーナ王女の情報が聞けなくなってしまいますねぇ~ヴァルカンティアの情報も聞けずじまいですよ~?風邪をこじらせて死んだらあなたのせいだ~」
ずっとこの調子です。
見張りは俺が寝かけたとき、牢の外から水をぶっかけること以外しない。
耳栓でもしてるんでしょう、こっちの呼びかけに答えもしない。
賢明な判断ですけどね。
特に俺のような人間相手だと、それが一番安全だ。
その時、石造りの扉がゆっくりと開く。
あ~あ、げんなりしますよ。
だって、もうこの時間が来てしまった。
黒髪、灰色の瞳、俺とそう年齢変わらないのに、時間が止まったように顔も体も変わらない王様。
見張りはさっさと退散して、この男と格子越しに二人きり。
なんて、腹が煮える思いだろう。
「大人しくいるのだな。今日は看守が無事とは」
「耳栓させたでしょう?道理で言葉で精神崩壊誘っても、声弾で気絶を狙ってもできなかったわけです」
「人間を無暗に壊すものではないと、ヴァルカンティアでは教わらないのか」
「では民の生活を抑圧して軍事に金をかけているのに、民を救わないというのは義父のヴァルカンティア宰相ハイネ様の教えでしょうか?」
「……実にお前とは会話が成り立たない」
「アンナ様がご存命の頃、俺がディアーナ王女にお仕えしていた頃、そして今に至るまであなた様が人間とまともに話しているのを俺は知りませんがね」
「御託はいい。吐くがいい」
「何をです?胃の中身なら胃液しか出ませんよ」
「知っていることすべてだ。ディアーナの居場所、起こそうとしていること、仲間の数。そしてディセルの兄上についても」
「何度も何度もよく飽きませんねぇ」
どれだけ煽っても、それだけ会話を躱しても、ディルクレウスの表情は変わらない。
きっかり5時間に一回は俺に同じことを聞きに来る。
一貫した無表情に、いっそ人形かと疑いたくなるのもしょうがないですよね?
ですが詰められても、俺は話さない。
お前の娘が偽物だったことも、こんな国王の国を滅亡させないために走る人間がいることも、王族を潰したいとか言っているスラムのディセルのことも。
だって、あなたに言うもんですか。
不甲斐ない、アンナに苦労かけるばかりだった悪王のお前なんかに。
「あーあ。俺も弱りましたかね、あの場でまさかディルクレウス王に捕まるとは……殺す気で抵抗したのに効かないなんて、人間をやめていますか?」
「この身は、生まれたときよりすでに人ではない。貴様が我を殺しても、ただ武器が無駄になるだけ」
「それディオメシアの極秘情報でしょう。なにペラペラ話してるんですか?ついに俺を仲間だと勘違いでもしましたか?」
「やはりお前は『王家の祝福』を知っているのだな。ディアーナが自身について喋ったのだろう」
「(あんたの娘によく似た偽物が話してた、とは言ってやらないですが)そうですね。俺は『一応』王女の味方なので」
「では我の駒になれ」
ぴちょん、と、俺の髪から水滴が落ちる音だけが響いた。
俺もこいつも、喋らなくなったらすぐこれになる。
もう驚かない、このやり取りはもう5回以上しているのだから。
結局のところ、俺が有能なばかりに勧誘を受けてしまうとはなんと罪な男。
それで、俺が簡単に了承すると思われているなら、舐められているにもほどがある。
「それしか言えないのか、あなたは」
「ディアーナの専属使用人として情報を我に横流ししろ、我の命令に従い敵を殲滅しろ、ディアーナを王宮に連れてこい。我は何か、難しいことを言ったか。貴様であればどれも簡単だろう」
「不死の化け物ってのは、人間の情緒も矜持も意地も過去も何もかも、わからないんですかねぇ」
「死ねる貴様に我の何がわかる」
「はいはい、わからないので応じられませんさっさと出ていったらどうですか」
「このまま、拷問を続けると言ってもか」
「ずっと水かけられて寝かせてもらえないくらい軽いです。あなたの義父はもっと苛烈に俺を訓練しましたから」
「強情だな、形だけでも恭順する考えはないのか」
「形だけでもごめんだって言ってるのがどうしてわからないんですか?」
まぁいいですよ。
道具を全部奪われましたが、俺の血を少しずつ鎖に塗り付けて錆びる部分を作り出してるところですし。
うまくいけばあと三日、鎖を引きちぎってここから出られる。
思ったより拷問はぬるいですし、何も問題は
「……何の音だ」
「音?いきなりなんで」
ディルクレウスが何かをつぶやいた。
その直後、俺はひとりでに床に叩きつけられる。
ゴゴゴゴと凄まじい何かが動く音。
ズシンと何かが潰れる音。
その他にも、この地下牢が壊れそうにミシミシ音を立てて、大きな振動を伝えてくる。
状況がつかめていない俺と王様をよそに、地下牢の扉が開いて大臣格の男が入ってきた。
息を切らせて、俺にすら何かがあったのだとよくわかる顔で。
「申し上げます陛下!!月光国が、月光国が崩壊を始めたと、多くの人民があふれ出しています!」




