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230話 俺の高揚と狂人の傲慢

ああ、あああああ!!!

なんということでしょう、そんなこと、こんなに、こんなに狂気にあふれた人間がいるとは!


俺と真正面から向き合っているというのに、俺を見ていないとわかる燃え盛る狂気!

本当に、あのレオン王子でしょうか。

責任感にあふれ、頭脳明晰で剣技も見事だった好青年が、こんなに歪んでしまう!


彼がエラにご執心だったのは覚えています。

エラが実は生きているということを知らないまま、哀れな。

ディアーナ様のふりをした偽物王女は、実に正解だったようだ。

自分がこんなに想われているとエラが知ったら、きっと正気ではいられない。


(この男を、どうしましょうね)


一目見てわかる危険人物。

それが今の彼だ。

ディオメシアの現在に深く関わる人物、どうしても情報を引き出したい人物。

偽物王女が言っていた『ディオメシアの滅び』を、俺が情報を引き出すかどうかで変わるかもしれない。


とかなんとか考えるうちにレオン王子が剣を抜いてしまいました。

おや殺す気満々だ。

しかも俺に向かって剣先を向けている。

彼であれば大きく二歩進めば、俺に刃が突き刺さるでしょう。



「何者だお前」

「何者でしょうねぇ?とにかく剣を納めませんか。このままでは殺されてしまうかもしれない泣いてしまいそうです」

「貴様、なんだその口は。俺にそんな口をなぜ利く」

「だってレオン王子、俺がしおらしく命乞いしても殺すでしょう」

「だというのに、貴様はなぜ笑う」



いけない、いけない。

ニヤニヤしてはいけません。


アテナに叱られます、宰相殿には呆れられるでしょうか?

俺はどうしても、強い相手には興味を持ってしまう。

戦闘狂なのは自負しています。

でも多かれ少なかれ、ヴァルカンティアスパイ長くやってたらありますよねきっと。



「ふ、ふふふ……いやぁ、あなたが強く、強く歪んでいるのが実に哀れで」

「俺が哀れだと?とにかく部屋から出ろ、部屋の空気の中に貴様の存在があるのが腹立たしい」

「この部屋を使っているんですよ?まさかとは思いますが、すべてエラ嬢のものでしょう。床に散らばる手紙はあなたの独白手紙でしょうが」

「なんだと?」

「俺の右斜め背後にある少々生地の柔らかいドレス、エラ嬢が『ディアーナ様に選んでもらった』と大切にしていたもの。あとその近くにあるパールのネックレスはディアーナ様がエラ嬢に科したままになっていたもの。そしてあなたの七年前からのエラ嬢への『一方的な愛』」

「一方的なものか!!!!」



レオン王子が一歩大きく踏み込み、右腕を伸ばして剣先を刺してくる。

目算ではもう一歩必要かと考えていたんですが、脚力の向上が随分と凄まじい。

ですが、真正面から来るのは得策でしょうか?


身一つ分レオンの左手側にずれて避けるも、瞬時に左の拳を叩き込もうとするレオン。

反応の速さはかつてより上がってますが、俺と正面戦闘するならもう一手足りない。


手のひらでそれを受け止めるとパン!といい音がする。

レオンの剣をこちらに向けさせる前に、拳を握りこんでぐるんと腕の向きを上下逆にする。



「なっ、貴様」

「まだまだ、あなたより強いですからね」



そのまま足を蹴り上げる。

肘の角度を変えて、外す程度に攻撃すれば苦悶に顔をゆがめるレオン。


だがそれだけでは終わらない。

腕を痛めているくせに、俺にまた一歩踏み込んで次の瞬間には鼻先が触れる。


そしてレオンは、大きく頭を振りかぶって俺にゴン!!と頭突きをかましてきた。

は、はは!!



「キスされるかと思ったら随分と泥くさいですねぇ!」

「俺のキスはエラ限定だ!」



こっちが王宮時代にはしなかった戦法で来るなんて成長しましたねって褒めてるのに、キスにしか反応しないんですか?

実に若いです羨ましいほどに女しか見えていないとは!!

自分を愛していない相手に懸想したところで無駄無謀無意味!!


ですが憎しみと怒りと不快の感情で溢れているレオン王子の狂気と言ったら…

人間でいるのが不思議なほどの感情を身に宿す、武力に長けた人間。


本当によかった。

こんな男と、大切な彼女たちが対峙しなくて


至近距離で即座にレオンの鼻を殴る。

ひるんだところにさらに顎へ一撃、同時に剣を落とさせるために右腕手首を叩き落す。



「ぐっ、き、さま」

「あなたは剣術は実に一級品。ですがあの頃と同じ、ステゴロで来る相手に弱い…助かりました、間合いさえ詰めれば俺の間合いだ」

「まさか、貴様はジークか?ディアーナの専属の」



あれ、まさかピンポイントで正体当てられるとは。

ただの腕が立つ死角と思われるかと思っていたのですが、名指しとはね。

顔も声も変えているのに、正体を見破るとは侮れない。



「あなたがエラ嬢以外の人間を覚えているとは驚きです。記憶できる頭脳があったんですね」

「その強さ、嘲るような笑み、ディアーナの手先の…!!」

「そのとおり、実に不本意ですが俺は『あなたが知るディアーナ様』の味方。手始めに俺と約束してくれませんか?」

「誰が、あの女の手先とするか!」

「これでもあなたを評価してるんですよ?技量はまだまだですが、その狂気で俺を高揚させたのは素晴らしい!七年間思い続けるという気色の悪いものの集大成がこの部屋に集約されていてこの世のものとは思えませんでしたから!」



レオンは眉をひそめて俺から目を逸らす。

こちらはちゃんと相手を褒めて、褒めて、褒めているのに?

もちろんもっと逆上すればいいと思って煽ってますがね。


スパイとして対人話術は必須項目。

どう話せばあなたがもっと自己を吐き出すかなどわかっている。


直感が言っている。

『彼を真っ先に懐柔せよ』と。


偽物王女に何か言われてから動くのは癪だからと抜け駆けしてよかった。

こんな歪んでしまった人間、見せられるわけがない。



「だから、俺と契約しましょう?ここから先、ディオメシア国営の最新内部事情を俺に流す。そうすれば、ここで殺さないで上げますよ」

「安い契約だな。殺せばいい」

「よろしいので?全く逡巡もないとは浅慮ですねぇ本当にディルクレウス王の右腕ですか」

「ああ。もう奴はエラのものを出し渋るようになった……この部屋で死んだように生きるなら、死んでエラと共に天国で愛し合う方が幸せだ」



死んだ後に愛しあえるとか疑いなく思える心がすでに傲慢で強欲なのわかってるんですかね?

間違いなくエラはレオン王子を恋愛対象としては愛していませんでしたよ?

今だって元気にオールシー船団で働いているから、ただ単に死に損だというのに。


こういう人間を末期というんですよ。

ですが、そこに付け込む隙があるか。


(エラの情報をちらつかせれば、きっとこちらの思うままに動くということ)


だがその時、まさかの音がした。


コンコンコンコンコン


軽快にたくさんのノック音。

音の方向に目を向ければ、開けっ放しにしていた扉。


そこにいた人物に、冷や汗が流れた。


全く、今日は乱入者の人選がこんなにもピンポイントなんですか?

しかもすべてをこの部屋付近で起こるとは、運がいいやら悪いやら。

レオンと同じパターンで来ないでくださいよ芸がない!!



「貴様。見ない顔だな」

「ははっ、まさかディルクレウス王と謁見できるとは」

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