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229話 俺の潜入した部屋と狂気の怪物

人がいない王宮というのはこんなに寂しいんですねぇ。

偽物王女は俺は認めてませんけど、あの時期って良くも悪くも王宮は騒がしかったですし。


自分勝手で人使いが荒くて、そのくせ人たらしで人気が高い。

本物じゃないくせに、アンナの血なんか一滴も引いていないというのに、なんでこんなところが似てるんですかね。


(おっといけない。潜入中に関係ない思考は命取りだ)


周囲をよく確認する。

この近くに人影はなく、そっと問題の部屋の扉に耳を当てるも音は聞こえない。


中に人の気配もないですが、せっかく変装もしてますし……

よし、正面突破で行きましょう。


コンコンコン


反応なし……


(これは本当に中に人がいない可能性がある?とりあえずダメ押ししますか)



「んっ、ん、ん……失礼いたします。お夕食の準備ができました」



少々小さく咳払いをして地声を偽る。

元々の低めの声から、あえて女のような高い声へ。

あぁなんてもったいない。俺の美低音が女の高い声になってしまいました~


これぞヴァルカンティアスパイ秘密の技術。

潜入するときに異性になることはよくありますし、その時に使える変声技術!

可変式咽頭操作変声術。別名『虹声』


アテナもまだ完全習得はできていない、俺の優秀さがよくわかる技術ですね!

それはどうでもいいとして。


(油断させるために女声まで使ったが、それでも無反応となると本当にいないか)


確認のためにドアノブを握れば、鍵がかかっていない。


え?不用心すぎませんか。

こちらは歓迎ですけどね。


ギャンブルですが、開けましょう扉。

もし危ない目に遭っても、俺を即座に殺せる人間はほぼ存在しませんからね。

何とかなるでしょう。

もうすぐ日も完全に落ちる。

そうなれば闇に紛れやすくなる。


(俺にすべてが味方してますね)



ガチャっ


「失礼いたします……うん?」



おっといけない、ついつい地声に戻ってしまいました。

ですが、俺にしては珍しく自分の目を疑っていますよ?


仲間が吹っ飛ばされても、生きてるのが不思議なくらいの状態になっても、アンナが亡くなったあの夜も驚いてはいなかったんですが。


灯りが蝋燭一本分しかない、真っ暗な部屋。

夜目が利く俺にはそれで十分なんですが、あまりに信じられないものばかり。

おかしいですねぇ衰えましたか?もっと灯りが必要なのかもしれません。



「ここは、なんだ」



部屋の中は、気色の悪いもので覆われていた。

この時間だからカーテンが閉じられているのはわかる。

見えるのはベッドと本棚、王族方が作業するときに使う広い机。


それ以外は、すべて紙と女性のもので埋め尽くされていた。


壁には飾るようにドレス、靴、小物に中には肌着もある。

え?ここは衣裳部屋ですって?

あるわけないでしょう一瞬でも判断間違えるんじゃありませんよ俺。

絶対にそれはありません。


だって、カーテンにも床にも、壁の隙間にも、きっと置いてあるだろう調度品のタンスにも隙間なく『何かが書かれた紙』で埋め尽くされてるんですから。


(待て、ここは何の部屋だった?確かディアーナ様の私室の隣の執務室?いや、そのさらに隣のはずで誰も使ってない空き部屋だったような)


とにかく情報が欲しい。

七年この王宮には入っていなかったから、なんでもいい。


この部屋の主を特定するより、まずはこの部屋自体の考察を進めなければ。


足音を立てないように、足跡を残さないように。

ゆっくりと紙を踏みながら部屋の中へ。



(それにしても、この紙はなんだ?)



すべてを見ることはできない。

だから、だいたいの内容把握だけを行いより多くを見ろ!


「今日は晴れだった」「ディオメシアを守るということは虫唾が走る」「あなたの朝を告げるような声がまた聴きたい」「あなたがいないからこんなにもむなしい」「どうして離れていってしまったのか」「あなたが好きそうな甘味が流行して」「あなたを忘れることなどない」「さみしいさみしいさみしい」「愛しています永遠に」


書かれているのは国の重要書類でもなく、設計書だの決裁書だのという仕事のものではない。


どこまでも個人的な、何者かに宛てて書かれた言葉。

筆者の感情を載せて、何者かに渡したいと考えているだろう文面。


人はそれを、手紙と言います。

なのに、どれだけ流し読みしても宛先がわからない。


文字を見る限り、亡くなった恋人か妻に宛ててるんでしょうね。

とくれば、この壁一面の女物もその相手のものか。


(待ってください、今俺最悪な想定が立ってしまいましたが)


位の高い人物の使う区画のこの部屋。

文字が美しくかける学の高さ。

宛先の女性と思しき人物はおそらく死んでいて、ディオメシアの国家運営に携われる何者か。



「まずい、今すぐここから出なくては」

「生きて出られるとでも思っているのか」



背後から、ドアの外からの声に振り向く。

ドアは閉めた、気配には敏感だと自負している。

この俺に気づかれずにできるほどの、人間!


そこには、茶色の長い髪を束ねた男がいた。

身長が高く、体格もよく、威圧をかける姿。

記憶とは違って肌が生白く、髪が長いこと以外は記憶のままの男。



「ソルディアの…レオン王子」

「この部屋に、入る許可はしていない」



まだ、まだ誤魔化せるか?

俺の顔も声も変えている、使用人の服だって着ている。

七年前に会った、ディアーナ王女の専属使用人だとは思わないでしょう。


即座に申し訳なさそうな顔をして、目を潤ませる。

涙をこぼしてもいいですけど、それはもう少し溜めてからのほうが効きますからね。



「申し訳ございません!別の使用人が今日休んでおりまして、その代わりに」

「貴様、使用人ではないな」

「な、なにをおっしゃるのです?」

「この部屋を、俺の部屋を知るものは入らないからだ」

「入る許可を得ていなかったのは申し訳ございません。ですが」

「この、エラ嬢との部屋に、俺は、エラ嬢以外の入室を、許可した、記憶は、ない」



レオン王子の表情に、感情に、あのころの面影はない。


そんな彼を前にして俺が感じたことと言えば……


高揚しか、なかった。

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