228話 酔わされた三人/酔わせた一人
ディオメシアでは夕暮れ。
ミクサが舎弟たちと共に月光国に戻ろうとしている時間。
同時刻、月光国のコマチの部屋では女子三人が姦しくお話をしていた。
アテナとコマチ、そしてちょっと遅れてやってきたメリーも加えて話に花が咲く。
この光景を現代日本に置き換えるのであれば所謂『女子会』である、
「もうっ!ちゃんと言ってくれれば私だってディアーナ様を外に出したし、お望みどおりにしたのに!なんでコマチちゃん一人で何でもやっちゃうの……」
「らから、それはらんろもごめんなさいって、いってうれしょう…」
「でもー!それで全部ひとりでなんで背負うのー!?アテナから話聞いて私びっくりしたんだからっ!そんなの、またいきなりいなくなっちゃうなんて……ディアーナ様ぁ~…」
「くっっっそ!!やられた…盛られた…ぜってぇジークだ……アニータ様に言いつけてやる、全身骨折れるぐらい怒られろあいつ…!」
ただし、状態は姦しいを越えて収拾がつかない。
メリーは泣きながら一人で独断先行したコマチを叱る。
コマチはそんなメリーに呂律が回らない中、謝罪している。
アテナは状況を把握できるようだが、頭痛で動けずうずくまっていた。
そばには手のひらに収まるほどの小さな瓶。
中に入っている液体は果実のように甘く、実際の味もバニラのような柔らかで女性好みの……酒。
既に20歳を超えている彼女たちが飲んでも何もおかしくない。
その酒が、ジークの懐から出てきたという時点で「普通の酒」ではないことに気づけていれば、ここまでにはならなかったのだが。
「ちょっとお茶に入れただけなのに、くらくらしましゅ…なんれすかこえ」
「もう!きいてるのコマチちゃん!わたし、怒ってるんだからあ!」
「メリーデカい声出すなよ頭に響く…!あいつ、あいつどこだ。ジークのバカは」
「先ほど……お手洗いと退室してかりゃ、30分くらい、たちましゅ…」
「逃げた、逃げやがったあいつ。あたしにも効くヤバいやつ持ってきやがって」
ほんの一時間ほど前。
遅く合流したメリーを出迎え、さて4人で話を始めようとしたときのこと。
おもむろにポケットからジークが小瓶を取り出したのだ。
『そういえば、こんなの手に入れたんですよ。遠い国の酒らしくて、女性に大人気だとか』
『あたしら何があるか分かんねぇから飲まねえよ』
『自分もまだこの後仕事がありますし』
『私も、あんまりお酒強くないんで』
『まぁまぁ一口。茶に数滴入れてもおいしいですよ、ちょうどここに苦い緑茶がありますし、試してみませんか』
そうしてまんまと乗せられ、全員で……ジークも含めみんなで茶に数滴落として飲んだのだ。
たった数滴で酔うわけもなし、アテナは体質的に毒にも酒にも強かったので彼女が最初に一口飲み、大丈夫そうだと安全を確認したというのに。
そこから数分後にはメリーとコマチは出来上がっている。
アテナはジークに少々多めに飲まされたせいで一瞬気絶し、起きたら頭痛に悩まされる羽目に。
元凶の男は、すっかり姿が見えない。
どう見ても、ジークに仕掛けられたのは明白だった。
「あたしにもこんなに効くとか、逆に大丈夫かメリー、コマチ」
「ううう~みんなと一緒にいたいよぉ~…ルシアン王もお優しいけどディアーナ様も一緒がいい~」
「水を、もってこさせます…はやく、かいふく、しなければ」
その時、コマチの部屋をコン、コン、コンと礼儀正しく3回ノックする音がした。
そして、コマチがぐずぐずの声で入室を許可する。
入ってきたのは、ミクサだった。
威圧ある彼の眼光や体格、ディオメシアではまず見ない異国の装いは近寄りがたさしかない。
だが、部屋の中の様子を見て一変した。
「コマちゃん!?どうしたのそんなに顔赤くして」
「ミクサ…おねらいしましゅ、みじゅを。しゃん人分…」
「呂律が回ってないよ!まさか、お酒?コマちゃんお酒強いのに何が」
「ミクサさん、悪い。水すぐ頼む、早く回復してジークのバカ殴りに行く」
「ああ~!コマチちゃんのだいじなひとー!あの、このまえコマチちゃんが……ぐぅ」
「おい寝るな。ちょっとその話詳しく言えやメリー」
「ミクサ、自分の、なかまに、強い言葉を使わないれ、くらさい…」
「メリーさん後でお話聞かせてくださいね!」
威厳あるボスの姿は、すぐに幼馴染で片思いの相手にベタ甘な青年になってしまう。
もうメリーもアテナも慣れたものだ。気づかないのはコマチ本人ばかりなり。
3人がまともに話せるようになるまであと20分。
ジークの持ってきた酒が、なぜか女性にとんでもなく効くものだとミクサに言われるまで30分。
「ミクサは大切な弟のようなものですって言ってましたよ」とメリーに言われてミクサが撃沈するまで34分。
アテナが「何企んでやがるあのバカ!」と夜になったディオメシアを走るまで、37分。
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「いやぁ。まさかこんなにうまくいくとは」
女子3人が酒に酔っている間、ジークはある場所にいた。
闇が侵食しつつあるかつての職場。
混乱極まるディオメシアの中心、王宮である。
適当な部屋から使用人用のシャツ、ジャケット、ズボンを調達した彼は広い廊下を歩いていた。
既に顔は彼本人のものではない。
変装術で印象に残りづらい顔と体格になり、彼は王宮を進んでいく。
彼本来のままだと顔が割れているし、何より顔の火傷が目立つ。
そこまでして、警戒強まる王宮に潜入したのだ。
きっと着いていくと聞かないだろう3人を酒に潰してまで。
「それにしても静かですねぇ…使用人もほとんどすれ違いやしない。死んでますね、活気が」
彼の足音はない。
影に紛れて、深くまで彼は歩む。
そして、何かを感じたのか一つの扉の前で足を止めた。
豪奢な扉。
ただそれだけだが、ジークの目と耳、嗅覚は様々な物を拾っていた。
「なにか、匂いますね。この部屋は」




