223話 地下国家の不満と葛藤、軋む月光国
月光国。
それは、他の仲間の侵入を拒む魔法のかかった、不思議な地下国家。
ディアーナ王女によって市民権を得た、貿易と情報に強い半秘密国家。
偽物王女の成した功績の一つだ。
その月光国民以外の民が、国のあらゆる場面に繋がる大回廊にひしめいていた。
誰もかれも、住んでいた場所を侵攻されたディオメシアの民だった。
主に老人や女子供ばかり。
身を寄せ合い、月光国の構成員に与えられたブランケットやパンで命を繋いでいる。
「もう何か月だ?六月の武器流出から、ディオメシア属国のやつらが調子づきやがる」
「ボスはみんな受け入れるっていうんだろ?月光国のおれたちだって余裕はねぇのに」
「コマチ幹部がお願いしたっていうんだろ?ボスがコマチさんに首ったけなのはみんなが知ってるからな」
「だけどよ、いいことだろ。裏社会のゴロツキだったおれたちが、役に立ててるんだ」
「でも、ディオメシアの地下に月光国があるってだけで取引渋られてるって聞くぞ。現に、パンも穀物も肉も魚も、ちょっとずつ足りなくなってる」
「スラムの革命軍は?あいつら、前までディオメシア人助けてたろ」
「もうねぇよ。あの革命バカどもは」
月光国の実働部隊……元裏カジノ構成員たちが、不安を口にする。
無理もないことだ。
6月下旬に多くの勢力がタイタニーから流出した武器を持ち、思うまま武力を振りかざした。
ディオメシアは属国の積もり積もった恨みを買い、団結したその勢力の牙は政治に関与していなかった無辜の国民に向かう。
むごいことだった。
トモエに助けられた兄弟だけではない。
いたずらに殺められた多くの命、略奪が起きて食べる物にも困るディオメシア国民。
国を守る頼りの綱、国民を守るディオメシア軍も最近は国民だけが傷つくのであれば見て見ぬふり。
現状、純粋にディオメシアの民を救済しているのは月光国のみだった。
「おいオメーら!ミクサの兄貴の悪口か?オレが許さねぇぞ!」
「トモエ!お前帰ってきたのか」
「おう。で?兄貴の何が不満なんだよ、いいじゃねーかコマチさんはダメなこと言ってねぇし、ミクサの兄貴がコマチさんのことが大好きなのも今に始まったことじゃ」
「おいボンクラトモエ、お前はワシの何がわかってるってんだ」
まだ若いのに、重々しい迫力のある声。
それはその場にいた月光国の構成員の男たちの耳に届く。
反射的に背筋を伸ばし、手を後ろに組んで実に正しい姿勢をとる。
貴族の位を受け取り、月光国とディオメシアの橋渡しとして重要な役割を持つトモエでさえそれは例外ではなかった。
その声の主は、トモエを隣に携えてロングコートを靡かせてやってきた。
七年の歳月が経って、貫禄が出たミクサがそこにはいた。
年齢は20代後半だが、その圧は彼よりずっと年上の構成員でさえひれ伏せさせるカリスマ性があった。
「悪いな。これはワシのわがままだ、ディオメシアの地下にずっと暮らしてきた月光国。義理は通さねえとって思ってたんだが……なにか、文句があるなら言ってくれよ」
「いえ!何もありません!」
「本当か?ワシがコマちゃんの言いなりになってるんじゃないか、みたいな話が聞こえた気がしたのは……気のせいだよな?」
「はい!気のせいです!」
ミクサは笑顔だった。
優しい顔だというのに、舎弟である月光国構成員には心底恐ろしく映る。
ボスであるミクサの懐には拳銃、ナイフ、護身用の毒霧を発生させられる薬瓶、その他物騒なものがそのロングコートには仕込まれていることがわかっているからだ。
害を及ぼす味方には容赦しない。
月光国に危害を加える敵にはもっと容赦しない。
それが月光国全体を使ったとしても、ボス自身の肉体を攻撃手段にしたとしても。
はぁ……とわざとらしい大きなため息がミクサの耳に届く。
その途端、彼は豹変した。
「ごめんねコマちゃん!何か気に食わなかった?それとも、ワシ何か言葉遣いダメだったかな」
「違います。あなたが自分の助言を真摯に受け止めた結果、構成員達に不満を感じさせているのであれば自分の落ち度でしょう。あなたが過剰な威圧をかける必要はありません」
「でも、本当にワシらがやらなきゃいけないことって思ってるからボスのワシが指示出したんだよ?だったら、コマちゃんが気にすることじゃないよ」
「それが『ディアーナ王女の狂信者』と呼ばれる自分の言葉だとしてもですか」
「あの王女サマにはいろいろ甘い蜜吸わせてもらったし、あいつは馬鹿じゃない。いいんだよ」
「自分が、もっと早くディアーナ様と行動していれば武器流出は防げたはずなのに」
「それは言いっこなしだよ。ワシ全部は聞いてないけど、何かが起こるときは起こるんだ。それを止めるのは、無理なこともある」
ミクサはそう言ってコマチに笑いかけた。
相変わらず、好いた女には態度がまるで違う男。
だというのに、十数年思いに気づいてもらえていないのだから、実に不憫である。
そんなボスに、構成員達は思うところがないわけではない。
不満もある。
だが、それ以上に彼のカリスマ性と責任感、ボスとしての絶対的力を前にして「それでも彼は何とかする」という信頼の元、月光国は成り立っていた。
「ではミクサ、自分はここで失礼します」
「ああ、例の四人で打合せだっけ。後でワシも『ご挨拶』してもいい?」
「結構です。自分がディアーナ様を逃がしたことでみんなに怒られるだけですし、ミクサが変に介入されては困りますので」
では。とコマチは顔色一つ変えずにスタスタと歩いて行った。
ミクサが悲しそうな、寂しそうな、悔しそうな、拗ねているようななんとも言えない顔をしているのを前にトモエは声を上げた。
「ミクサの兄貴。しょうがないですよ、コマチの姐さんは責任感強いですし、危ないこの状況を打破しようと真剣なだけで」
「違う、違ぇんだよ」
くるっと姿勢正しく立つ構成員を振り向き、ミクサはクシャっと表情を崩した。
笑顔ではない。
信頼のおける者にのみ見せる、気の抜けた顔。
「コマちゃんは、様子がおかしい。それだけじゃねぇ……月光国も、軋んでやがる」
「軋む?ミクサの兄貴、それはどういう」
「ただの勘だ。でも、最近この地下自体が『自分で壊れていく』気配がする」
「だ、大丈夫です!だって百年以上月光国は地下にて安心・安全・無敵なんですから!」
構成員たちは、あれやこれやとヨイショする。
威圧あるボスだとしても、長らく彼らと共にあった仲間なのだ。
だが、それでもミクサの顔は晴れなかった。
「まぁ……ただの勘だ。お前らはこれまで通り避難民の管理頼む」
一人で歩いていく月光国ボスの背中。
まだ若いというのにその背中には、月光国民と無辜のディオメシア国民の命が乗っていた。




