198話 ディアーナ様が自分たちを捨てたとしても
メリーがテーブルにカトラリー類や皿を並べる。
アテナがテーブルクロスの準備と、メリーが用意した茶器の検分。
ジークがメリーが用意したいくつもの茶葉をブレンドして紅茶を淹れている。
そして自分は「絶対に手を出すな」と言われてディアーナ様と共にテーブルについて待機している。
「自分も何か手伝いを」
「ぜってー来るな。ディアーナと座ってろ」
「コマチちゃん、大丈夫だからね。ディアーナ様とお話してて?」
「壊滅的な料理音痴が治ってないのはミクサに確認済みなので大人しくしててください」
「お茶会のセッティングは料理ではないでしょう」
「コマチお前、口に入るものに関する仕事は壊滅的だったじゃねーか」
「ですがディアーナ様との席で、自分だけ何もできないのは耐えられません」
ディアーナ様は悠然と椅子に腰かけ、じっと準備が終わるのを待っている。
さっきまでメリーが用意したディアーナ様だけにお茶は下げられ、自分と同じく手持ち無沙汰だというのに堂々と気品漂う姿。
着ている服も王宮時代に纏っていたドレスではなく、少々ほつれているワンピース。
靴もヒールのある艶やかな靴ではなく、歩きやすい革靴。
ああ、やはりディアーナ様から漂う高貴な空気はどんなものを纏っていようと変わらない。
(この方が偽物?あり得るわけがない)
「じゃあ、ディアーナ様がいいって言ったらいいんじゃないかな」
「コマチ、命令よ座って待ちなさい。手を出すことは許さないわ」
「ざまあないですねぇ。そうなるだろうと思ってましたよ」
ディアーナ様にお願いをする前に即座に却下されてしまった。
メリーが提案してくれたことはとてもありがたいことでしたが、こうなってしまえば仕方がありません。
ただしジークは実にうるさい。
いいじゃないですか苦手なことがあっても。
自分が全方位できるからって大きな顔をしないでいただきたい。
「ジークさん、いいじゃないですかそんな風に言わなくても」
「面白くてつい。ここまで一点だけ苦手な業務がある人間もそういませんから」
「お前も人の心わかってねぇんだから人のこと言えねえだろ。仕事できるくせにそこだけ抜け落ちやがって」
「俺を褒めてくれてるんですね嬉しい~アテナからの『仕事ができる』なんて珍しすぎて嬉し泣きしそう。育てた甲斐がありました」
「心にもないこと言わないでいただけますかジーク。面の皮は厚いのに言葉は実に薄いですね」
「コマチちゃんそんなことないよ!ジークさんちゃんと嬉しがってるよ、言い方が本当にダメなだけで」
「メリーって七年で言葉鋭くなったよな。ほんわか娘どこ行ったんだよ」
「そんなに変わってないはずなんだけどなぁ……」
つい、ふと自分の口が笑っているのを自覚する。
このやり取りは、七年前のものと変わらない。
安らげる5人の空気を、肌で感じる。
専属使用人4人で集まったことは、何度かあった。
でもどこかでディアーナ様の気配を探していたのは、誰も口にはしない。
ディアーナ様は、自分たちが話しているときにあまり余計な口を挟まなくなった。
もちろん、ご自分のタイミングでお話に入ることも多い。
それでも、いつしか自分たちはディアーナ様が見ている前で話すことが一番、遠慮がなく通じ合えているような感覚になっていた。
今もそう。
「機嫌が良さそうね、コマチ」
「ディアーナ様……?」
高貴な声が、自分にかけられる。
眼差しは七年前より鋭く、幼さが抜けていて王女というより「女王」のよう。
この方が、自分の忠義のすべてをかけてお支えし、この身を賭しても何も惜しくない方。
「ディアーナ様、自分はですね」
「本当のことを言うと、わたくしはあなたに一番会いたくなかったわ」
ディアーナ様の無慈悲な声が部屋に放たれた。
準備のために小声で会話をしていた3人にも聞こえただろう。
即座に口を閉じて、部屋の中は静寂に包まれた。
この方は、こんなに氷のような言い方をする方だっただろうか。
突き放すような言葉を、かけられたことはあっただろうか。
「その意味をご教授お願いします」
「あら、頭脳明晰なコマチともあろう者が理解できないと?落ちたわね、前はすぐに理解していたじゃない」
「いいえ。このコマチ、一度としてあなた様を理解できたことなどありません」
「今更謙遜かしら?そう言われても、評価は変わらないのよ。あの時『捨てて』正解だったみたいね」
『捨てた』ですか。
自分は、嘘はつかない。この方には、何も虚偽をしたくはない。
ディアーナ様の未来を見通すかのような頭脳と、自分の理解等及ぼうはずもない心優しく気高い魂。
そんなディアーナ様が、自分たち専属使用人を捨てた……?
「おい、ディアーナお前それどういうことだよ!」
「言葉通りよ。七年前、あなた達を切り離してもいいと考えたから囮に使ったんだもの」
「おやおや?その言葉をそのまま受け取ると『囮に使った人間はあなたにとって捨ててもいい人間』になりますが?いけないですねぇ、その人使いは俺より人でなしだ」
「いけないかしら?王族のどんな命令にも従い、命すら捨てるのが専属使用人でしょう?」
アテナとジークが食ってかかるのを、ただただ聞いていた。
怒りをぶつけるような、なじるような言葉にも無感動に返すディアーナ様。
それは、自分に反意があるような貴族や、対峙した相手を言葉で刺すような王宮時代のもの。
その刃が、今自分たち専属使用人に向けられている。
なのだが。
自分の心は、どこまでも動かなかった。
ディアーナ様に拒絶されたら、きっと動揺するだろうと予測していたのにそのかけらすらない。
その自分に、一番驚いていた。
「ディアーナ様、おやめください。自分たちは何も敵意はありません」
「敵意ですって?何を言っているのコマチ」
「自分たちは、敵ではない。刃をおさめてください」
「丸腰なのが見てわからないのかしら?」
「言葉の刃を。あなた様の、最上の武器をおさめましょう。ここはメリーの用意した茶会ですから」
セッティングはすべて完了した。
目の前には、紅茶とシンプルなクッキー。
全員席についた、茶会の円卓。
王族でも、元スパイでも、庶民でも、孤児でも、地下世界の出身でも。
5人が好き勝手に意見を言い合い、なんでもない会話を構築していたあの頃を。
「お茶会、しましょう。どうか、自分たちの七年をお聞きください」




