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193話 3人で歩く夕日道

「あの二人、ディアーナ様を『ライラ』と呼びました。ライラはエラ嬢にディアーナ様が授けた偽名です」



コマチは表情を削ぎ落した顔で呟いた。

彼女は元々わかりやすく感情が表出する方ではない。

だが、困惑しているのだとアテナとジークはわかっていた。


この場で、あの洞窟の会話をすべて聞いたうえで困惑しない人間は、専属使用人にはいないのである。



「実は壮大ないたずらとかないですか?スラム全員が全員仕掛人なのかもしれませんね」

「んなタチ悪いことすんのジークだけだろ」

「確かに、いたずらだったらよかったです。ですが、自分たちを嵌めるためだけにディアーナ様そっくりの人間を用意するメリットがわかりません」

「俺だったらあなたたちを騙すために、一回くらい死んでもいいですけどね。いい反応がもらえれば」

「実際に一回爆散未遂してんだから縁起でもねぇこと言うなよな」



洞窟の中で、ジャックとディセルは彼らの主であるディアーナ王女が「ライラ」だというような文脈で会話をしていた。

ライラという名を聞いて専属使用人の三人が浮かぶのは唯一、王宮から逃がしたエラ。


彼女がディオメシアを出ても正体がバレないように。

安全に生きていけるようにディアーナ王女が「ライラ」という名を与えたというのに。



「もしかして俺たちのディアーナ様は本当は『ライラさん』って名前だったのかもしれないですねぇ。そんな名前を他人につけるなんて、意味の分からないことをするのがディアーナ様らしいですが」

「それって、つまり何なんだ?あたしたちはずっとあいつを見てきたのに、あいつのことよく知らないってことなのか」

「そう、言わざるを得ないでしょう」



誰も何も言わなかった。

夕焼けに照らされて、三人は表情の抜け落ちた顔をしている。


探し続けた人物の、存在すらわからなくなるなんて思わない。


ふと、アテナが声をあげた。

空気を変えようとは思っていない。ただただ心から漏れ出た言葉を。


いつも声を張る彼女からは想像もできないほど弱弱しくて、夕日に溶けるような呟きを。



「5人で、茶飲みたい」

「俺に紅茶を淹れさせるんでしょう?」

「あとはお茶請けにメリーのクッキーもあれば完璧ですね」

「そうそれ。メリーには何回もクッキー焼いてもらったけどよ、あの頃のやつのほうがうまかったんだよな」



思い返されるのは、王宮での茶会。

同じ机で茶を飲みクッキーを食べて、とりとめもない話とどうでもいいケンカと、かなり重要な作戦構想が入り乱れていた独特のあの頃。


現在と比べれば皆が未熟で、それでも無茶を重ねて仲を深めた三年間。

しがらみも、問題も、苦労も多かったけれど笑顔であふれていた時間。

そのすべては、主人である小さな少女で成り立っていた。



「……メリーが、ここにいなくてよかったです。こんなことは、知らなくていい」

「珍しくコマチと同意見ですよ。ソルディアの秘書官まで上り詰めたとはいえ、彼女は平穏の人間ですから」

「あたしらとは毛色違うよな、メリーだけ。あいつだってしっかりしてんのに」

「あなたたち二人が可愛げのかけらもない暴力女だからじゃないですか~?」

「ジークはいい加減煽り癖直すように成長しろよな」

「七年経つのに精神が変わっていないのは最年長としてどうなんですか?恥ずかしくないんですか?精神構造が年齢よりよほど幼いんでしょうか」

「ははは、二人の言葉も七年前から変わってませんよ」



パン!とジークは立ち止まって手を叩く。

それに目を向けたアテナとコマチも、自然と目を向ける。

にんまりとしたジークの顔は、嫌に機嫌がよさそうだった。



「ま、ディアーナ様の正体は気にしても仕方ないですし。俺達はさっさとそれぞれの本拠地に帰りましょう」

「出来ることないしな。じゃあ次会う時までにあたしはディアーナの居場所の情報探るわ」

「自分は引き続き月光国の情報網でディオメシア国内の情報取集を」

「俺は各地の戦争状況を見ますかね。このままじゃ、本当にディオメシアは危うい」



日が長いので、夕暮れに差し掛かった今の時刻はかなり時間が経ってしまったのだ。

それなりに重要なポストについている三人は、また自分の居場所に戻らなければいけない。



「次に会う時は、新しい情報を得たときでいいですか」

「それが賢明でしょうね。くれぐれも俺たちの動向がバレないように気をつけてくださいよ」

「じゃ、今度はメリーも一緒にな」



言葉を交わしあい、三人は別れた。

元よりディアーナの情報を共有するために集まったのだ。

終われば迅速に解散するまで。

それに、ディアーナの専属使用人がディオメシアにいつまでも留まればディルクレウスの率いるディオメシア軍から追われる可能性があった。


三人の影は、夕日に溶けて消えていった。

再会を心のどこかで約束して。


……なのだが。



「メリーあなた……何をしたんです?自分だって情報網を広げても見つからなかったというのに」

「コマチちゃん怒ってる?だって本当に偶然で……でも痛いことも何もしてないよっ。ちゃんと一日三食おやつ付き、欲しいものは全部用意したし!」

「忘れてました。メリーは一番豪運でとんでもない可能性を秘めてましたね、まさかあなたがやるとは」

「なんでジークさんも呆れてるんですか……私何かやっちゃいましたか!?」

「やってるだろ。捕まえたのはいいけどよ、こんなにガチガチにするか!?ほとんど監禁じゃねーか!」

「あ、アテナまでぇ!?ご、ごめんなさーい!」



ここはステラディア。

一つの豪華な部屋の中で専属使用人たちは全員集合を果たした。

ドアは厳重なカギがかかった3層の扉、窓は鉄格子がはめ込まれ、ドアの外には見張りがずっと立っている。


そんな部屋の中、それぞれの表情は実に多彩だった。


ひたすらおろおろとするメリー。

呆れつつも叱るアテナ。

目の前の光景が信じられないと口を開くコマチ。

空笑いをしながら少し目が死んでいるジーク。


その理由は、4人の目の前でムスッとしながら紅茶を飲み、クッキーをかじる女性。


赤銅色の美しい長い髪。

凛々しい目元に灰色の瞳。

成長して女性的な美しさを手に入れつつも、面影が残る顔立ち。


それは、彼らがずっと捜索していたディアーナ王女その人であったのだ。

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