192話 足音の人物と彼らの主
どたどたと青い炎の洞窟内に入る足音。
無遠慮で荒々しくて、何より急いでいるような音。
その音の主たちは、洞窟に入るなり口々に言った。
「シー先生大丈夫か!」
「ジャック隊長―!」
「ディアーナちゃんは!?怪我してない!?」
「先生とジャックの坊主倒れてるぞ!」
粗末な服、靴もボロボロ。中には裸足の者もいる。
身なりから彼らはスラムの住民であることは一目瞭然だった。
丸腰で小汚く、それでも生命力に満ちている男女4人はシー先生とジャックを見て息をのんだ。
彼らは倒れているジャックとシー先生に駆け寄り、意識がないことを確認している。
行動はすべて、シー先生とジャックを思っての慈愛あるもの。
それは戦う意志でもなく、害する思いもない、ただの足音。
「白目剥いてるぞ!どうすれば」
「見慣れない奴らがジャックを担いでいくのは見かけたけどよ、何しやがったんだ!」
「先生ー!?ジャックー!?おい目ぇ開けろ!」
「落ち着なさいよ!今は怒る場合じゃない」
「ディアーナちゃんも傷一つないよ!なにもされてないみたいだ。女の子に傷があったら起きた時悲しいものね」
「よかった!目覚めたって聞いてたけど、まだねてるなぁ」
「はいはい男どもはみんな出てって―!ディアーナちゃんの体拭くから!」
「おっと、女の子の体みちゃいけねぇな。先生と坊主担いで、洞窟出ようぜ」
「おう。ディアーナちゃんの世話は頼むぞ」
「あいよ。いつも通り、綺麗にするさ」
男女4人のディアーナへの慣れたようなやり取り。
女性たちはシッシと男たちを洞窟から追い出して、素早く眠る人間の介護に入った。
男たちはそれぞれシー先生とジャックを担ぎ、不思議な青い炎の洞窟空間から出ていく。
ふわりと不可思議な入口を通って出ていく男たちは、闇に沈んで消えていった。
女たちはそれを確認すると「ディアーナちゃん、大丈夫だった?」「体綺麗にするからね、今日は足も動かそうか」と雑談をしながら眠る女……ディセルによると『本物のディアーナ王女』の介護を始めた。
その様子を目撃するた影があった。
洞窟入り口の真上。
上を向かなければ気づかれないその場所。
岩壁のわずかな凹凸に手指と足先をひっかけ、何とか天井にへばりつくのはアテナとジーク。
そして二人の間に支えられて天井に押し付けられているのは、コマチだった。
虫のように気配を殺す三人は、スラムの住人の動きをすべて見ていた。
三人は目を見合わせ、ジークが指で『脱出』の合図を送ると足音一つ立てずに洞窟を抜け出す。
ふわり。
魔法としか思えない月光国の入口のように、敵を拒絶する不可思議な通路。
浮遊感を感じながら歩いていく不思議な道。
3人が洞窟を抜けた先には、誰もいなかった。
夕暮れになった外の風景に、3人は息をついた。
三人の足音が、地面につく。
「あぶねぇ……まさかうまくいくとはな」
「助かりました。自分はさすがに壁に貼り付けないので」
「なのによく『天井へ!』って言いましたよね。できないことは思案しない方が賢明では?無謀な作戦は部下から嫌われますよ、なんて可哀そうな月光国の人たち」
「ジークに言われたくないですね。あなただって部下から嫌われていそうなのに」
「人気絶頂ですが?ねぇそうですよねアテナ」
「お前らやめろよな!?今まだ脱出中!スラム抜けるまであたしたちは気抜けねぇだろ」
アテナの制止に素直に従う二人。
この洞窟までの道のりを見られていたことは洞窟の中での会話を聞いてわかっていたので、物陰に身を隠しながらスラムを抜ける。
洞窟でシー先生とジャックが発見されてからおよそ10分。
だというのに、すでにスラムの民たちはその情報を知っていた。
「噂の回る速度が凄まじいですね。普段からの連携の強さでしょうか」
「どうでしょうねぇ。娯楽が少なそうなスラムでは噂ぐらいしか楽しみがないのかもしれませんが」
「でもこいつら、動きがいいよな。男も女も、無駄な動作が少ないっていうか、統率が取れてるっていうか」
声を掛け合ってジャックとシー先生の看病に当たろうと相談している老人たち、侵入者がいると情報伝達を行っている子供たち、その報告を受けて手製であろう槍を持ってうろうろしている若い男たち。
ただのスラムにしては、動きが軍隊じみていた。
「コマチさ、革命軍がうんたらって言ってたよな。それってこれのことか」
「自分の予測ではせいぜい十数人のはずだったんですが、まさかこの連携の精度は……」
「動いている人数だけでも間違いなく百人は超えてますね。それどころか、最悪このスラムの住人全員が革命軍かもしれない」
「それって、何人になるんだ?」
「正確な人数はわかりませんが、おそらくは最少で3000人。ここは出生届等の提出義務もありませんから、もっと多い可能性があります」
革命軍は現在、ディオメシアを脅かす他国の荒くれ者やならず者、軍などでディオメシアの民が傷つく場所に現れて助けるという報告を受けている。
息をひそめながらなんとか包囲網を潜り抜け、三人は落ち着いて歩きだす。
その顔に笑顔は一つもなかった。
「あの眠る女が、本物のディアーナ王女ってどういうことですか」
「あたしが知るかよ」
「でもディアーナ様を直近で見たのはアテナでしょう!」
「こっちに八つ当たりすんな。あたしは見かけただけでその後はわかんねぇ」
「でも、でも。では自分たちの主は、あの方は何者なんですか」
それは三人が思っていたこと。
黙っているには胸が重く、話すには勇気のいる問い。
信じ、慕う主への猜疑心。
それは、忠義を持つだろう彼ら専属使用人にとって自らに刃を向けるように苦しいものだった。




