191話 声弾と上
このままではディセルがジャックによって倒される。
今現在、この空間でディセル以上にこの状況の全容をわかっているものはいない。
だが、義や己の信じる者のために拳を振るうジャックにも言いたいことはある。
彼は有能な弓兵であるが、操られるだけを良しとする青年ではない。
2者の目的、大切にしたいものは食い違い、対立する正義が生まれた。
世界共通、対立する正義が生まれると何が起こるのか?
争いである。
大きかろうと小さかろうと、そこには己の大切な何かを守ろうとするいさかいが生まれるのが世の常。
さぁ、この状況を打開できる人物は、いるのか。
いるのである。
この状況で『あえて』空気を読まずに混沌に叩き落すのが好きな人間が。
ともすれば愉快犯、しかし実のところ、無意味な停滞を嫌う有能者。
彼は、すぅ~~と大きく息を吸った。
その動作に気づいたものは誰もいない。
彼に鍛え上げられたアテナでさえ、反応が遅れてしまった。
そしてジャックの背後へ一息の間で近づき、耳元で口を開ける。
次の瞬間、火薬もないのに爆弾が破裂したような音が洞窟を満たした。
「うるっせぇ余計な邪魔しないでいただけますかーーーーー!!!」
「いっでぇぇぇぇぇ!!」
ジャックの怒鳴り声よりさらに大きく。
洞窟がビリビリと音を立て、空気が震える。
頭痛がするほどに大きな声。
それを耳元で浴びたジャックは手を放して距離をとったが、2、3歩進んだところで膝をカクンと曲げると倒れこんでしまう。
ディセルも至近距離で音を浴びて耳を塞いでうめく。
かなり我慢していたのだが、ジャックに折り重なるようにして力が抜けていった。
ついでに、離れていたアテナは二人以上に影響を受けて座り込む。
先の二人と違って、殺意しかこもっていない目でジークを睨みつける。
コマチは嫌な予感がして耳を塞いでいたので、最も影響を受けずにぴんぴんしていた。
「うるさいです。その耳は飾りなのかと思っていましたが、自分の声の大きさすら理解できないとは痛ましい」
「コマチは手厳しいですねぇ。これはヴァルカンティア式攻撃用発声、通称『声弾』。便利ですよ、口しか動かせないときはこうして敵を無力化可能ですから」
「味方のアテナが被害を被っています。それすら見えないのに自慢げにしないでいただけますか」
「おやおやそれは情けない。それでもヴァルカンティア最上機関のスパイですか?呼び動作だけで次の行動を予測するのは基本中の基本ですよね。鍛え方が足りないんじゃないですかぁ~情けないったら情けない~」
「オメーより耳いいから仕方ねぇだろ!?やるならやるって言え!いつも以上にデカいのやりやがって!」
「これはうっかり。ちょっと全員の鼓膜を破りたかったので」
「標的に自分とアテナを入れないでください」
「信頼ですよ、あなたたちなら回避ぐらいできるでしょう?アテナは失敗してますがね」
意図的に混沌を。
不必要な停滞には変化を。
そうやって事態をかき乱してきたジークは、悪びれた様子もない。
これこそが彼の本分といっていい。
滞った空気に生きた空気を。
つまらないよりは楽しさを。
自分勝手?それは信頼できる仲間がいるからこそできる自由行動。
そして軽い足取りで倒れ込むジャックとディセルを一瞥しては「あ、本当に昏倒した」とつぶやいた。
ディセルとジャックは白目をむいて失神していた。
声弾はそれほど威力が高いのだ。
ただの大声でも、使いようによっては敵を無力化させる技となりうる。
「ちょっと……やりすぎましたか俺」
「確実に。どうするんですか、まだ聞きたい事ほとんど聞けていないのに」
ディセルが抱えていそうな秘密。
寝ているディアーナ王女に似た女の真偽。
そしてジャックはわずかに零した罪の気配。
何一つ解決しないままに対象が寝てしまっては、打つ手はあるはずもない。
「起こして話聞けばいいでしょう。アテナ、さっさと手伝ってください」
「そうしてぇけど……無理かもな」
アテナは洞窟の入り口に目を向ける。
この空間に出入りできる唯一の穴。
何かを感じた彼女は、そこを見つめた。
まるで、虚空を見つめる猫のような眼差し。
先の光が全く見えない闇の中。
月光国と同じく魔法でできているのだろうとわかるこの洞窟に、何者かが来る予感をアテナの凄まじい聴覚は告げていた。
「何人か来る…気がする。足音みたいなのが3,4人」
「敵の予測は」
「わかんねぇ。ここ、外の音すげぇ聞きにくいから」
「それでもそれだけなら俺とアテナでいけますね。返り討ちで」
「やめましょう、それは悪手です」
コマチが2人を止める。
なぜ止めるのかと言いたげなアテナ、静かに見据えるジーク。
もうすぐ何者かが来るであろうこの状況。
ちらっとディセルとジャックを見たコマチは、アテナとジークの腕を掴んだ。
その時、三人の耳に足音が届いた。
洞窟に、何者かが侵入したのだ。
「二人とも、身体能力に自信は」
コマチのいきなりの問い。
通常であれば「なぜ今そんなことを?」と返す状況だ。
脈絡もないこの言葉に、しかし間髪を入れずアテナとジークは宣言した。
「自信しかない!!」
それは間違いない現実。
七年前から分かっていたその言葉にコマチはふっと微笑んだ。
そして、小さく指示を出した。
三人まとめて助かる作戦を。
「『上へ跳べ!!』」
それから5秒後。
洞窟の中に、何者かが入ってきた。




