188話 一周目の私、二周目の私
流れ込んできたのは、見たことがない光景。
だというのに、既視感ばかりが胸にこみあげる。
死にたいと思うほどに頭が痛む。
けれど、内容はすべて心地よく解けるように思い出されていった。
追い詰められて玉座で血を流している父王。
無残に倒れる兄たち。
全てを引き起こし、憎々しげに見つめる成長したディルクレウス。
涙をのんで王宮から逃げるボロボロの私と、自分と一番年の近い兄。
私だけが流れ着いた、ディオメシアにあるスラム特別保護区。
貧しい人々、助け合って生きた記憶。
他国からの侵略に備えようと、スラムの人々と共に自警団を結成したこと。
その自警団はやがて暴走し、大きな勢力となって多くの敵を殺し、軍人を殺し。
果ては王となったディルクレウスと姪のディアーナを処刑まで追い込んだ。
屍だらけのディオメシアで王となった私は、自分も同じように民からの反乱によってすぐ死んだ。
(なんだ、今のは……記憶?いや、私が知らないものばかりだというのに)
立っていられなくなり、倒れ込む。
女は手なんか貸してはくれないず、薄笑いを浮かべて私を見下ろしていた。
『頭が、割れるっ…!!』
『思い出したか?それは一周目の記憶だ、よかったな。これでお前も特別になれる』
『うそだ、嘘だこんなの!』
『ここは二周目の世界。魔法なんてズレが生じてはいるが、修正力はきっとディオメシアを繁栄させて滅亡させて、王族を潰すだろう』
疑問しかなかった。
言いたいことは山のようにあった。
けれど、酷く頭が痛くて言葉にするのは不可能だということもわかっていた。
女の言っていることが理解ができない。
ただ分かったのは、この記憶は間違いなく自分のものだということ。
この未来に向かってすべては進んでいるだろうという予感。
『おまえ、は、なぜ、わたしを』
『決まっているだろう。より良いおわりのためだ』
『われら、は、死なないのに…!!』
『祝福なんて一周目はなかった。でも、それもきっと最高に残酷な終わりを与えてくれるはずだ』
女の顔が、よく見えた。
その顔を、私は目に焼き付ける。
今でもはっきりと思いだせる、悪魔の顔を。
『時間がない、もう行く。会うことがあればまたな』
女はそう言うと煙のように消えた。
本当に消えたのだ、目の前でふわっと薄くなって消える。
何がしたかったのか?
わからない。
だが、彼女の言う「終わり」がろくでもないものだということはよくわかった。
『止めなきゃ、みんなを、守らなきゃ……!』
そして私はそのまま意識を失った。
一周目の記憶なんて重荷にしかならないものを、さらに背負わされて。
一周目の記憶を得た自分は、既に前の自分ではない。
二周目を生きる自分は、一周目の記憶に食われた。
今の自分は、一周目の記憶をもとにして二周目をよりよく生きるだけの男。
それは、もう一周目の延長線上でしかない。
蘇生ができない。
二周目を生きていた私はもう死んだのだろう。
「……い、おい!聞いてんのか!!」
荒々しい女性の声。
記憶の中の女性ではなく、もっと快活で明るい……
しまった。
「あ……すみません、少々考え事をしていまして」
今は一人ではありませんでした。
専属使用人の三人に詰められているというのに、つい考え事を。
しびれを切らしたアテナさんは、私に怖い目を向けている。
そうでした、私はまだ彼らの問いに答えていなかった。
「勝手に黙らないでくださいよ。それとも目を開けたまま寝ていましたか?高度なことを元王族は習得されているらしい」
「まだ自分たちの疑問は解消されていません。迅速に、会話を再開してください」
「失礼した。あなた方にどこまで説明できるか悩んでいまして」
「そんな悩みはいらねえ。あたしらに全部吐けば解決だぜ」
「そうもいかないんですよ」
どうするべきか。
この三人にはどこまで言えばいいだろう。
私が現在とは違う未来である「一周目」の記憶を保持していることはジャックにも言っていない。
未来を知っているということは、味方であっても言うのにためらう。
その人物が信頼できる人物であっても、どこからか情報が漏れる恐れがあるからだ。
(こちらが未来を知っていると言わなくても人間は動かせる。現に私もライラもそうやって人を動かして、望んだ結果を手繰り寄せてきた)
だが、ここから先は手が回らなくなることは必至。
ここにいないメリーさんも含め、あの子の選んだ専属使用人たちは一人一人が自分で考え行動し、最上の結果を持ち帰るほど優秀。
それだけに惜しい。
これは、ライラが教育した結果でしょうか?
あの子は昔から「よく考えて動け」と同年代の子供たちによく言っていましたっけ。
だからこそ、想定しなかった結果まで引き起こす可能性を秘めている。
そう、この洞窟まで押し寄せて、私に秘密に肉薄するという結果のように。




