187話 私の目の前に現れたボロ布の魔女
それは唐突に起きた。
前兆など何もなく、転換というものは来る。
蘇生できない自らの死は、起こりうる。
『ディセル、お前は未来でこの国を滅ぼす』
『あなたは誰ですか?それに、何を言っているのか私にはさっぱり』
『お前には、まだわからないだろうよ』
思い出すのは、兄の狂乱を見たしばらく後のこと。
自分にできることはないかと、父王に「争いをやめてくれ」と進言しようとも効果はない。
兄様たちが苦しんでいると告げても「吾輩も同じ思いをして強くなった、お前にもそのうち戦に出てもらおうか。ディルクレウスも一緒がいい、子供は油断を誘う」と信じがたい言葉しかかけてはくれない。
守りたい兄様達、かわいい弟。
自分には争いを止められるだけの繋がりも力もない。
その日から剣術の修行と、書庫にこもってみんなを助けるための調べ物に明け暮れた。
あの日は寒くて、太陽の出る時間がとても短くて、どことなく寂しさを感じる日だった。
一人で書庫にいた私は、日が暮れそうになっているのを見て部屋に戻ろうと振り向く。
だが、そこには人間がいた。
ボロボロの布を顔が隠れるほど深く被った、自分より少し小さな人。
書庫に入るとき、自分一人しかいないことはもちろん確認していた。
扉だって、私が入ってから一度も開いていない。
『あなた、何者ですか。ここは王族と使用人以外入ってはいけない場所だ』
『こちらには関係ない。現れたい場所に現れ、消えるだけ』
謎の人物の声は高くて、そこで初めて女性だとわかった。
こんなに怪しい人物が王宮にいるならば、誰かが気づくはず。
誰にも、今の今まで書庫で一人調べ物をずっとしていた私にも気づかれずに今ここに出現した。
それはまさに、ディルクレウスに読み聞かせた魔法使いのように。
忽然と現れた女は、私がディオメシアを滅ぼすと言った。
そんな話、信じられるわけがない。
私は王位継承順位も高くはないし、兄たちは皆優秀で素晴らしい人たちだ。
彼らに及ばない自分に、この国を滅ぼす力があるとは思えない。
(万が一、私が王位を継承してこの国の王になったら首が滅びると言いたいのか)
そう解釈していた。
その時まで、私は目の前の不審人物に何も感じてはいなかったのだ。
人目につく立場に生まれた以上、ひどいことも言われる。
「ディセル様は勇猛ではない」
「勉強ばかりで兄たちに戦いを任せている」
「もう初陣を飾ってもいいというのに、兄たちが過保護だから」
「使用人腹王子の教育を放り出せるし、ちょうどいいんだろう」
「あの二人を支持しても損だ」
この不審者も同じ類かと。
わざわざ手の込んだ入室までして、そこまでして私を驚かせたいとは不思議な人だと思っていた。
『私ではなく兄様が王になられるのだから、私がなにかできるはずがない。だからもうどこかへ行っていただけませんか?居座るのであれば、使用人に追い出してもらわなくてはいけません』
『……そうか、そうだ。お前にしよう、今回はお前だ』
勝手に何か納得した女は、そのまま私と距離を詰めた。
当然逃げようとした、でもすぐ後ろが壁になっていた私は、情けなくも自分より華奢そうな女に追い詰められてしまう。
(なぜ、どうして逃げられない!?)
女は強い力を持っているわけではない。
威圧があるわけでもないし、顔すら見えない。
訓練を積んでいる私のほうが、絶対に強いと言い切れる。
だというのに、自分の体は動かない。
それどころか、女がこちらに来るのを待つように彼女のほうに向いていく。
自分の意志では全くない。
その状態に、一気に汗が噴き出していた。
女は手を伸ばす。
その手を回避できない。
白く細く美しく私よりも小さな手だが、禍々しさすら感じる。
その手が私の頭を掴んだ。
『何をする気だ!!』
『お前も未来を知ればいい。ここはどうせ、二周目なのだから前を知るほうが好都合』
『何を言ってる。私に手を出せばどうなるか』
『黙れ』
次の瞬間、私は頭が爆破したような衝撃を味わった。
痛く、熱く、痺れて、耳元で血の流れる音がして。
頭の中に流れ込んできたのは、知らない記憶たち。
人生が変わった瞬間は、たくさんある。
ディルクレウスが生まれ、父王に殺され蘇生するのを見た時。
兄様達の狂乱をその目で見た瞬間。
どれも思考が変わったのは間違いない。
だが、この後にやってきた衝撃はそれらとは別のもの。
これ以降、これ以前のディセルという男は死ぬのだから。




