184話 私が祝福を知った、あの日の記憶
私の人生は、あの瞬間まで重圧はあれど平穏だったと思う。
王族ですから生活の苦も金銭の苦もしたことはなく、朝から晩まで勉強に鍛錬、そのどれもが厳しかったことは言うまでもない。
私は平民であれば許された自由、選択、行動があることは幼いころからわかっていた。
少々自由に憧れはありましたが、王族であった生まれを嘆いたことなどない。
だから、新たな家族が増えると知ったとき。
複雑な思いはありましたが、私はとても楽しみにしていた。
自分に弟か妹ができるのだと。
正妻であった母は私が生まれてすぐに亡くなりましたが、私の上に兄が3人、姉が2人。
私を含めて6人の子がいた。
皆私より5つ以上年上で、いつまでも子ども扱いされていたのを覚えています。
10歳であった私は兄弟の中でも一番下でしたので、どうしようもなく兄というものになれるのが楽しみだった。
『父上!お考え直しください、使用人との不義の子を認知するなど!』
『なんの問題があるというのだ?王族が増える、この吾輩の子が増える。ディセルも楽しみにしていただろう』
『母上が亡くなられて数年、何故今更争いの火種にしかならないものを…』
『すでに我々6人の子がいるではありませんか。このまま生まれても不遇なのは目に見えています』
『いっそ使用人共々殺しましょう!その方が腹の子も幸せというもの』
夜、ふと目が覚めてしまった私が王宮内を歩いていると話し声が聞こえて。
それは、きょうだいができるとわかってから仲が悪くなっていた兄様姉様と、父王の声。
まつりごとの話ならば昼間にすればいいのに、何をしているのかと好奇心に負けた。
私は中途半端に頭がよかったのです。
事情をよく分からないまま、ただ理解したのは「このままでは弟か妹は殺されてしまう」という事実だけ。
だから、兄様、姉様、父王が密談している部屋に飛び込んでこう宣言してしまったのです。
『やめてください!!兄様も姉様もひどい、なぜ殺すなど!』
『ディセル!何も知らぬお前が口を出すな』
『嫌です!!そんなにきょうだいが嫌なら、私が面倒を見ますから!』
『話はそう簡単ではないのです。ほら、いい子ですから寝床に戻りなさい』
『いやだ!どうしていけないの?使用人との子なのがそんなにいけないのですか?』
『違う、違うんだディセル。これは赤子のためにもだな』
『殺すことがきょうだいのためになんかなるもんか!!』
私は駄々をこねました。
もとより子を産ませる意向だった父王がそれを面白がって、使用人の子を産ませることになってしまったのです。
最も、私や兄姉たちの意見など意味もなく、父王にしか決定権はありませんでしたが。
そこからはある意味、王族に都合がいいように働きました。
数か月後、使用人の娘は男の子を産みます。
娘は子を産んですぐに亡くなりました。
そして、父上はその子にディルクレウスと名付けました。
……始祖ディオメシウスにあやかり、王の子には「ディ」で始まる名をつけるのが王室の掟。
今思うと、正統な王の子とできないような者に名を与えるのも反感を買っていたのでしょう。
兄様姉様たちは、痛ましそうな顔をしていました。
そして、小さくつぶやいていたのです。
『どうか父の子でないように』とね。
今ならわかる。
優しい兄姉たちでしたから、もしも私たちが「普通」の王族であれば新しい命を複雑ながらも祝福していたはず。
私たち6人は、身分の高い母から生まれた。
だが、新しく生まれるきょうだいは父が使用人に手を出して孕ませた子だ。
同じ父から生まれた兄弟なのに厳しい序列がつくことになるだろう。
だが、それよりも残酷なものがディルクレウスに……私たち王の子に、父王に絡みついていると知ったのは、この後だった。
ディルクレウスが生まれて数時間後、私は兄姉が早く部屋から出ていけというのに逆らって、ずっと生まれたての弟を見ていた。
小さくて、目も開いていない、守らなくてはという思いが自分の心に満ちて、父王と2人でひたすら眺めて。
『父上、赤子とはこんなに弱弱しいものなんですね』
『そうだとも。お前もこうだったんだぞ』
『かわいい……抱き上げてもいいですか?』
『だめだ、証明が済んでいないからな』
『証明?』
『この子が吾輩の子なのかを確かめる儀だ。ちょうどいい、お前にも見せてやらねば』
『儀式なのに、兄様姉様たちは立ち会わなくていいのですか?』
『いい。あいつらは知っている……だからここに近寄らない』
そこにやってきたのは代々王家の側近を務めている男。
彼はディルクレウスを見もせずに、父上に短剣を手渡す。
私はぼうっと父上がそれを受け取るのを眺めていた。
ディルクレウスに当たったら危ないのに、いいのかなと考えていた次の瞬間。
赤子の眠る寝台が、真っ赤に染まった。
ふくふくのディルクレウスの首元に、深々と刺さったのは側近が持ってきた短剣。
眠っていた赤子は、悲鳴一つ上げることなく赤の中に沈んでしまう。
赤子を、生まれたばかりのディルクレウスを刺したのは、父王だった。
『父上ぇぇぇ!!!』
『案ずるなディセルよ。皆行ってきた道だ』
『弟が死んでしまう、医者を!』
『ディセル様、医者を呼んではなりません。これより行うのは王家秘伝の祝福ですので』
『兄様、姉様ぁぁあ!!』
『騒ぐでない、ほら行くぞ』
自分がいくら暴れても、戦で鍛え上げられた父王には敵わない。
そのまま側近と父王と私は、王宮の中にある教会へ行きました。
そしてその地下には、見たこともない空間が広がっていたのです。
とても広く、天井も高く、教会と同じくらいかそれ以上の規模がある部屋。
父王が祭壇のように用意された壇上へディルクレウスの亡骸を納めると、私に言った。
『ディセル、明日の朝までここに居ろ。お前ももう祝福を知っていい年だ』
『やだ!嫌ですディルクレウスを助けて!!』
『ディセル様、ご辛抱されよ。これもディオメシア王族の宿命にて』
側近と父王は、こうして広い広い部屋に私と弟の遺体を置き去りにした。
空間に繋がる扉の鍵は、開くことはなかった。
一人ぼっちで、暗く蝋燭の灯りしかない場所。
生まれて初めての孤独と、待望だった弟の死。
私はそれでもディルクレウスに手を伸ばし、抱きしめた。
自分の手も、袖も血に染まった。
弟は息をしていないし、冷たくなっている。
紛れもなく、それは痛いほどに現実。
初めて「死」に触れた瞬間でした。
『大丈夫、大丈夫だ…!ディルクレウス、大丈夫だから』
弟を助けてほしい。
それしか考えられなかった。
そして何時間経ったか。
私はいつの間にか眠っていた。
そして、ある声に起こされた。
泣き声、産声。
それは自分の腕の中から発されているもの。
目を開きました。
そこには、自分が抱きしめたままの血がべっとり付いたおくるみ。
乾きかけた血がべたついていて、気持ち悪かった。
その中に、ディルクレウスが居ました。
あたたかくて、息をして、うるさいくらいに泣いている。
生が、そこにあった。
そう、これこそが祝福。
忌まわしく、王の血に刻まれし不死の呪い。
民間伝承で伝わる祝福のように美しいものではない。
血塗られたもの…これこそが本当の『王家の祝福』呪いだったのです。




