183話 あたし達の意志とディセルの話
寝てる女は、見れば見るほどディアーナにそっくりだった。
寝息を立てて、穏やかに寝てる女は、あたしたちの焦りも男どもの言い合いも、この青い炎に照らされた空間も知らないって感じだ。
(傷は、ない。汚れもない、着てる服はここのスラムの人間も着るようなボロ。あとは……)
あたしが手を伸ばすより早くコマチが女に触った。
慣れたように脈拍と反応を見る。
ちょっと強めに頬を叩いても、うめき声一つ上げないでスヤスヤ寝てやがった。
「コマチ、いきなり触るのは危ねぇよ」
「ディアーナ様ではないとはいえ、あの方に似た人間をこのままにできません」
「だとしても雑だってんだよ。さっきシー先生ってやつが触るなって言っただろ」
「あの男の言うものを信じろと?アテナはそんなに言うことをよく聞く人間になったんですね」
「あ?何言ってんだよ、頭に血上りすぎてっから落ち着けって言ってんだ」
コマチは、特にディアーナに依存してた。
忠義っていうのが正しいかもしれねえけど、メリーもコマチもディアーナが好きすぎるんだよな。
あたしもジークも、別にディアーナをそこまで好いてないから冷静でいるわけじゃない。
スパイとして任務をする中で、意図的に人間と距離を詰めて情報を集めてたおかげだ。
感情に飲み込まれちゃいけない、人間との関わりは大切にしててもどこかで一線を引かなければいけない。
(そうじゃないと、入れこみ過ぎて苦しくなるのは自分だから)
男たちの会話が耳に届く。
このあたしの目と耳は常人より何倍もいい。
コマチは女の検分で聞こえてないのか、一度も振り返らない。
さっきまで余裕でジークの狂人のフリにも答えてたのに、マジの狂人かと思うくらいの笑い声上げてたのに。
(あのシー先生ってやつ、やっぱりタダものじゃなかったか)
あたしはあいつが死んだはずの王族のディセルだって気づいたわけじゃない。
というか、その辺の身辺調査をやったうえで『あのシー先生という男は間違いなくそれなりの地位にいた人物だ』って言いだしたのはコマチだ。
コマチの頭脳はたまにぶっ飛んだ答えを出す。
頭良すぎてあたしとメリーはもちろん、ついて行けるはずのジークすらたまに置き去りにされちまう。
タダものじゃないだろうとは思ってたけど、まさか死亡判定されて墓まで作られてるディルクレウス王の兄だとは思わないだろ。
しかも、王族を潰したいだなんて言い出すとは。
「王族を潰す?それは、ディアーナ様の敵ということですか?だとしたら、俺はこのままあなたの首へし折らなきゃいけなくなりますねぇ」
「この国から出たあの子は、私の考えを聞いたうえで協力しているんですよ」
「信じられませんね。あなたのような存在すら嘘の男の話を聞くとでも?」
「手を離してくれたら、私が知ることは何でも教えましょう……お嬢さん方も、知りたいのではないですか?」
明確に、こちらを見るディセルと目が合った。
ジークに命握られてるのに、あたしたちに注意を向けるのかコイツ。
余裕なのか、揺さぶりなのか。
本当のことを言うのか、煙に巻かれるのか。
訓練でもしないとこれほどに肝が据わったことは難しい。
死ぬかもしれない中で、冷静に状況の打開を考えること。
死ぬかもしれない中で、死ぬ覚悟を決めながら生きることを諦めないでいる事。
その二つが、ボロ布に身を包んだ元王族の男にあるんだ。
あたしの答えは、ずっと前から決まってる。
「あたしは、知りたい。ジーク、手離せよ」
「正気ですか?鍛え方が足りませんね、この程度の揺さぶりに屈するなんてヴァルカンティアのスパイ失格ですよ」
「あたしは、今はディアーナの専属使用人だからいいんだよ」
あたしはコマチみたいにあいつを心酔するものはない。
メリーみたいに親しみもって大事にできてた気もしない。
ジークみたいに前王妃の娘だからって守れる忠義もない。
あたしは、あたしの考えであいつに一発入れてやるためにディセルに全部吐いてもらわなきゃ気が済まない。
こんなこと、誰にも言えねえけど。
あたしは、ディアーナをぶん殴りたいんだから。
「自分からもお願いします。ディアーナ様がなぜ七年前逃走にあなた達を選んだのか、あの方が今何をして生きていらっしゃるのか。話しなさい、ディセル」
「コマチまで離せっていうんですか?というか、女の検分はいいんですかね」
「あらかた終わりました。身体的不調も見られず外傷もない、至って普通の『ディアーナ様に酷似している生きた人間』です」
「ふふふ……彼女を初めて見た外部の人間から見て『生きている』とは。やはり、呪いはもう完成するか」
不気味に笑いやがるディセル。
ボロを着て、体も汚れて、手首につけてるハッキリした黄色の布だけが嫌に綺麗だった。
(どうして、死んだはずの人間がスラムで生きてるって考えるんだ)
そもそも、コイツはどうやって生き延びた?
エラを逃がす時だって、入念に下準備をしたうえで変装と回避技能が凄まじいジークを身代わりにしてようやく成功した。
王族の死亡はそれくらい厳しく調査されるはずだろ?
しかも生き延びたのに国外に逃げないでディオメシア国内のスラム特別保護区にいる理由はなんだ?
「はぁ~……何年たってもアテナとコマチは自己主張が強くて困ります。メリーがいたら少しは癒されたものを」
「たぶんメリーがいたら真っ先に離せって言ってるぜ?あいつの行動力舐めたらまずい」
「そうですね。今頃ステラディアのルシアン王を懐柔してディアーナ様捜索に協力させている可能性があります」
「そうでしたね、俺をここまで気疲れさせる女はあなた達とディアーナ様くらいですよまったく」
ジークがパッと手を離す。
何の前振りもなく、いきなり離すもんだからディセルはよろけて尻もちをついた。
八つ当たりすんなよな、大人なんだから。
ディセルは2、3回咳をして寝てる女のもとに急ぐ。
コマチを押しのけて様子を見るもんだから、よっぽど大事なのか。
「よかった……傷つけてませんね」
「当たり前です。偽物といえど、自分はディアーナ様に似たものを害しませんよ。今は」
「今は、で充分です」
ディセルはあたし達三人に向き直る。
その瞬間、また余裕の表情になった。
あたしはよくコイツを知らない。
でもきっとこれがスラムのやつらが慕う「シー先生」って奴なんだろう。
こいつは「ディセル」で「シー先生」、二つの顔を持ってる。
「じゃあ、聞いていただけますか。私の一生を」
「俺はあなたの人生史にこれっぽっちも興味ないんですがねぇ」
「あたしも。手早く女の正体とお前の目的言えよ」
「時間が無駄なので自分もそれを望みます」
「あなた達の仲がいいのは結構ですが、これが一番早いんですよ。アテナさんがおっしゃったことを二つ、答えるためにはね」
そう言うとディセルは女の頬を撫でた。
なんだか、その手つきはちっとも色気がなくて、なんだか親みたいだった。
「そうだな、じゃあディルクレウスが生まれた時の話をしよう。これは『祝福』の呪いのお話」
今の男がディセルなのか、シー先生なのか。
あたしにはわからない。
ただ、この話があたし達を変えてしまう予感だけがあった。




