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182話 俺のひりつきと異常者

久々ですよこんなにひりつく空気!

隣国との確執を無くすために宰相殿と交渉を行ったときも、アテナを初めて危険な紛争地帯に派遣した時もなかったこの感覚!!


最後に経験したのはいつでしょう?

ディアーナ様の無茶な作戦に身を投じた時でしょうか!



「あなたは狂人と呼ばれませんか?この状況でそのような顔ができるとは実に度し難い」

「おやどんな顔でしょう?生憎鏡がないもので!」



狂人?もはや誉め言葉ですね。

幼いころから肉体の限界も精神の限界も越えるような修羅場ばかりくぐってくれば、このようなひりつく状況で高揚しなければやっていけません!


(でも、それだけではないですがね)


チラリと見ればアテナとコマチが眠る女に近寄ろうとしている。

さっきの会話が聞こえましたが、あれはやはりディアーナ様ではないか……

だとしても、なにかしらの思惑があると思ったほうが賢明でしょう。


この魔法のような空間といい、月光国と似たものを感じますし。

それに、目の前のシー先生と呼ばれる男も油断ならない相手ですし?

ここは俺がアテナとコマチの行動を邪魔しないよう、この男をとどめるが良しでしょう。



「あまり彼女に触れないでくださ」

「釣れないですねぇ、俺とお話ししましょうよ。スラムの賢人様……じゃなくて『死んだはずの王族様』がいいですか」



寝ている女に近寄るアテナとコマチを止めようと動く彼を、俺は立ちはだかって止める。

こちらは七年前に作戦に踊らされてディアーナ様を手放させられた身だ。

邪魔はしないで欲しいですね。


それに、あなたが反応せざるを得ない『餌』がある。

ほら、その驚いた表情!



「なんのことだろう。私はただのスラムに住む男だよ」

「しらばっくれないでいいですよ?あなたがただものじゃないなんてすぐにわかった。コマチの収集力を舐めないほうがいい、七年前あなたが秘密裏に王宮へ出した手紙と指輪で正体なんかすぐにわかる」

「それは無理が過ぎるんじゃないかな?私は手紙も指輪も知らないですが」

「嘘をつくのがうまいとは、スパイの才がありますね」

「だって、私の正体に気づいているのならこのスラムに誰かが来るはずだろう?七年間そんなことはありませんでしたから」



チッ、乗ってこないか。

カマかけたんですが、これで簡単にはがれるボロならここまでうまく生きてないだろう。

この男については、どれだけ調べても調べようがなかった。

何も出てこなかったからだ。


(ディアーナ様がいなくなった後の手紙と、付属の指輪はコマチからもらった情報でこの男が王族に限りなく近い『何か』であることは予想してたんですがね)


だが決定的なものは出てこない。

ディオメシアに秘密裏に手紙を送った『ディセル』という王の兄と、彼の石である黄翡翠の指輪。


タイミングが良すぎる。

この男をディセルと断じるには証拠が少なすぎるのですが……


(ここで終わるなら、優秀とは言えませんね)


人生には時にギャンブルが必要だ。

俺はこう見えて不確定な自分が負けるだろう賭けは好きじゃない。

ですが、賭けどころはここでしょう!!


シー先生との距離を詰める。

相手が動くその一瞬で目の前に移動して、左手で彼の首、右手は手首を掴んだ。



「……っ!!何を!」

「ああ、よかった。武力では、まだあなたに勝てる余地が大きそうだ」



ぐっと力を込める。

だけど苦しむほどの力は入れない。

この男を殺したいわけでは、ありませんから。



「質問に答えてください。あなたは、現王ディルクレウスの兄、ディセル様ですか」

「だから違うと」

「そうそう、俺の指先は敏感でして……脈拍で嘘をついているかわかるんですよ。すごいでしょう?これぞ軍事大国ヴァルカンティアスパイの技術です」

「私を、脅しているんですか。そこまでして、何をしたいんです」

「聞きたいだけですよ。あなたの口から、全部ね?ふふふ、あなたのような頭が切れる方は久しぶりで滾ります……!簡単に落ちないなんて、いたぶりがいがある」



本人の口から吐かせるしかない。

俺のこの判別方法は、かなり個人差がある。

この男、あまりにも抜け目がなくて脈拍すら自己制御できる可能性がある。


なら、俺が『完全に判別可能』と思わせて吐かせるしかない!

ああ、あなたが狂人だと俺を断じるならそう演じましょうとも!


あなたが相手しているのは、ディアーナ様の偽物を用意されたことに凄まじい怒りを覚えるほど彼女を敬愛している使用人達。

この状況も、お前がディセルであるならそれすら利用する前提で動く。

その中でも俺は、手を血に染めている男なんだから。


狂人であれば、どんな拷問でもやりそうでしょう?

どうか、俺がそこまでする前に俺に恐怖して話してはくれまいか!



「は、は。はははははははは」



洞窟に響き渡る、男の笑い声。

首を絞められているシー先生が、口を大きく開いて笑い声をあげていた。

灰色の瞳は、俺を見ているのに見ていない。


背筋に何かが這う感覚がする。

怖気だ。

異常者なら何人も見たし、アブナイ薬でおかしくなったやつも、大量殺人犯だって見てきた。


だが、この男はこれまで俺が見てきたどことも違う領域でおかしくなっている。



「ははははははっはは、滑稽だ、実に、実におかしい!」

「恐怖で頭がおかしくなるとは想定外。これでは自分は神だとでも言いそうな壊れ方だ」

「もとより私は異常だよジークさん。神のごとき魔法に生かされた人間なのだから」

「そんなに上機嫌なら、話してくれませんかねぇ。あなたの正体とか」

「ああ。私はまさしくディルクレウス王の兄、ディセル。手紙を出したのも、戦ばかりのディルクレウスをディオメシアに縛り付けたのも、私だとも」



やっと吐いた。

状況も、運も、命も俺が握っている。

なんで吐いたかはわかりませんが、このままならなんでも喋ってくれるだろう。


だというのに、ちっとも安心できない。

この男は、何を考えている?



「あなたは、なにがしたいんです」



もっと聞くことはある。

具体的に聞けと何度も教わっているし、俺もそれを徹底してきた。


なのについ、興味が顔を出した。

彼は、そんな俺の問いに口を開く。


抵抗も何もせず、力を抜いて不気味な笑顔を浮かべて。



「王族を、潰したい」

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