第13話 アツく、騒がしい街
「ねぇ! 今日の宿どうするの!」
「わかりませんが! これだけ広い街です! 宿くらいはあるでしょう!」
「そう言ってこの句動二輪押して歩いて! どの位経ってるのよ!」
「とにかく今は! 先に進みましょう!」
「もー!」
二人が大声で話しているのは、周囲から聞こえる雑多な人々の声と、あちらこちらから響く客を呼び寄せようとする売り子たちの叫びが喧しいからであって、けして口喧嘩しているわけではない。ただ、街に入ってから全くというほど街の奥に進めない現状から、エレナは苛立ち始めているだろうことは伺える。なにせ後ろを振り返れば目と鼻の先とも思えるほど近くに、先ほど通過した大扉が見えるのだ。
「エレナ! 路地に入りましょう!」
「賛成! この句動二輪捨てていきましょ!」
「目的が違います!」
当初、寄る予定では無かったこの街に入ったのは句動二輪が旅の途中動かなくなってしまったためだった。聖句で動くとはいえ、本体は精密な職人技で作られたパーツと、聖句を隅々まで行き渡らせる為の精緻な聖紋が掘られて完成している。それらのどこかが破損すれば動かなくなるのは子供でさえわかる。
「句動二輪が動かなければ本部に帰るのでさえどれだけかかるのかわかりません! だから直してもらいに来たのでしょう! 職人の街<エルカンターレ>に!」
職人の街<エルカンターレ>。ありとあらゆる技術が集まり、日夜職人たちがさまざまな日用品や装飾品、工業品を作る街。故障したのが、そのすぐ傍であったのは二人にとっては不幸中の幸いだったのだろう。ただ、そこは人々が集まる街であり、どんな金持ちであろうとその人の多さに馬車を降り、自らの足で歩く羽目になる街でもあったのが二つ目の不幸だった。
「うわ……」
「この先に工房があります。そこに句動二輪を預けてから宿探しをしましょう」
何とか路地に入ったエレナは、大通りから一変して人々の喧騒が遠ざかり、代わりに金鎚で金属を叩く音やガタンゴトンというもはや何をしているのかわからない音、そして人々から出る熱気とはまた違う熱さを肌で感じとり、驚愕していたが、同じく路地に体を滑り込ませたメイクは何でも無いかのようにサラリと言った。
「この街、来たことあるの?」
エレナの訝し気な表情をチラリと見やったメイクは、句動二輪を押しながら顔を向けず頷いた。
「ええ、随分と昔に」
言葉少ななメイクの肯定の言葉に、やや疑問を持つエレナだったが、それ以上は何も言わず句動二輪を後ろから押し始めた。
無言のまま路地を歩いているエレナが、ふと視線を上に上げるとそこかしこに看板がぶら下がっている。個々が独自の作り方をされているのか、同じものは一つとして無かった。何かのパーツに名前を刻んだもの、文字は無いが一目で何の看板なのか分かるもの、凝り過ぎててもはや何を表したのかよく分からないものまで様々だった。そんな看板たちに目を奪われていたエレナに、いつものようにメイクが教えてくれた。
「この街は大通りで大衆向けのものを販売し、こういった路地で特別な発注商品を売るのです。それこそ、職人たちの繊細な手でなければ作れないような何かを。エレナが先ほどから気にしている看板たちは、そこを経営している職人が作り上げたものです。この街では職人たちが日々助け合い、新たなモノを作り上げていますが、看板だけは自らの手で作るべしという風習があるそうです。看板は自らの腕を象徴するものですから、似たようなモノを作ってしまうと笑われてしまうそうですよ」
「へー、なるほどね」
エレナが楽しそうに看板を眺めながら歩くうち、ようやくお目当ての工房に辿り着いたのかメイクが足を止めた。しかし、そこの看板は木板に<メイビス工房>と彫られただけの簡素なものだった。今までの創意工夫が凝らされた看板たちを目にしてきたエレナは、ガッカリしたように溜め息をついたが、メイクは満足げに頷くとノックもせずに扉を開き、声をかけた。
「<歴史の語り部>の者です」
中ではなみなみと酒を注いだ大ジョッキを煽っている髭を生やした中年男性が一人、座っていた。メイクの声にギロリと視線を向けると、親指を立てた拳をグッと突き出すとその親指を下に向けた。何の合図かわからないエレナが首を傾げていると、メイクが懐から証を取り出す。不死鳥を象った歴史の語り部だけが持てるものだ。それを見た男は大ジョッキに入っている残りを飲み干すと立ち上がり、メイクに近づいてくる。裾の長い服を着ているため、遠目からでは分からなかったが顔からは想像もつかないほど鍛えた体をしていた。そして眼つきは人でも殺したことのあるかのように鋭く厳しい。
完全に呆けていたエレナは危険を感じたのかメイクの前に立ち、身構えた。男が目の前に立つと、その身長差では勝てそうにないようにも感じる。男がグッと腰を屈めてエレナの顔を覗き込み……ニカッと笑う。
「ガハハハハ! こいつはえらく別嬪な嬢ちゃんを連れてんなぁ! あんたのコレかい? <歴史の語り部>」
そう言って男はニヤニヤしながら小指を立てる。その意味を理解したエレナは、羞恥と怒りからか顔を真っ赤にして何かを言い返そうと口を開きかけるが、それより先にメイクが声を発する。
「違います。彼女は私の護衛ですよ、メイビスさん」
その言葉にメイビスと呼ばれた男は眉を顰める。
「護衛だぁ? いつから<歴史の語り部>様はそんな上等なモンをつけるようになったんだ」
「少し特殊な事情があるのですよ。これ以上は応えられません」
「うーむ」
男はしばし沈黙し、考え込んでいたが再びニカッと笑うとメイクの肩をバシバシ叩いた。
「ま、そういう契約だからな。とりあえず座りな! ここに来たってことは句動二輪で何か用なんだろ? 座って酒でも飲みながら話そうじゃねぇか!」
男は勝手に満足したのか、もともと座っていた椅子にドカリと座った。そして奥の方に向けて声をかける。
「おーい! 歴史の語り部だ! 酒持ってきてくれぃ!」
「……エレナ、座りましょう」
完全に置いてけぼりだったエレナに、メイクは声をかけるとさっさと椅子に着く。何とも言えない気分になったエレナもそれに続いて着席すると、奥から茶を入れたカップを載せた盆を持った若い女性が出てきた。
「夫が失礼しました。あなた、重要なお話のときにお酒はやめた方がいいと思ってお茶をお持ちしました」
「む、そうか!」
豪快な男とは正反対に、物静かで優し気な女性が三人分のカップを机に置くと「ごゆっくり」と言って裏に戻っていく。メイクは会釈をしてから茶を口に運んでいたが、エレナの顔には驚愕が浮かんでいた。
「エレナ、こちらはメイビスさん。<歴史の語り部>の乗る句動二輪を一から作り上げている方です。メイビスさん、こちらはエレナ。先ほども申し上げた通り、私の護衛です」
カップを置いたメイクが二人を紹介してくれ、メイビスと紹介された男はニカッと笑う。
「さっき奥に引っ込んだアレはアンナという。俺の妻だ。いい女だろう! ガハハハハ!」
「……よろしく」
眉を顰めたまま、エレナは短く挨拶した。失礼な態度だったが、メイビスは気にしたそぶりもせず、メイクに向き直る。
「さて? 俺に何の用だ。まさか新しい<歴史の語り部>が来るのか?」
「いいえ、残念ながら。ここに来たのは私の句動二輪が動かなくなってしまったからです」
メイビスの目は子供のようにキラキラしていたが、メイクの言葉にその光が少し弱まる。
「なんでぇ。……まぁいい。表にあんだろ? おめぇさんのがよ。ちぃと見せてもらうぞ」
そう言って立ち上がったメイビスにメイクが続くが、エレナのしかめ面に気づいたのかメイクがいつものように微笑む。
「安心してください。彼の腕は確かですよ」
その言葉に、安心したような納得いかないような複雑な表情をするエレナだった。




