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歴史の語り部  作者: 矢真島ヤスマ
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第12話 暗く、湿った街 8



「あの花は一体いつ、どこで手に入れたものですか?」


 メイクの言葉にもう一度目頭を揉んだスタ老人は、椅子へ深く座りなおすとポツリポツリと話し始めた。


「ワシらは昔からこの辺りで薬草を育てながら暮らしてきた。こんなにも多く雨が降っているのだが、それでも草花や木々は逞しいものじゃ。村は裕福ではなかったが、それでも皆それぞれの仕事を持ち幸せに暮らしておった。ある時、男が一人ふらりとやって来たのだ。その頃に宿は無かったからこの家に泊めてやったら、お礼にとラフレスとフーウナを差し出してきたのじゃよ」


「ワシらはその男が去った後、家のそばにそれらを植えてみたのじゃがどうにも栽培が難しかったのをよく覚えておる。それでも、今まで草花を育て続けてきたのじゃ。どうにか花束として摘むぐらいには増やした。息子夫婦はそれを大層喜んで、毎日のように花を摘んでは二人の寝室に飾っておった。しかし、あれらの花には魔の力が宿っておる。その話は……?」

「この先にある街で聞かせていただきました」


 スタの質問にメイクが端的に答えると、老人は頷き話を続けた。


「日に日に二人はやつれていった。知りうる限りの薬草を試してみたが、どれもかん。しまいにはあんな幼い子供を残して死んでしまった」


 悲しみからか声はだんだんと震え、怒りからか言葉は少なくなっていったが、それでもスタは話し続ける。


「不幸はそれで終わらんかった。いい香りだからと周囲の家に花を配っておった。皆ワシらを責めた。しかしもうどうすることも出来ん。あれに依存してしまったからには、共存するしかない。村が総出であの花を育て……そうして今この村が出来ておる」


 話を終えたスタは呼吸が荒く、額には汗が浮かんでいた。組まれた手は真っ白になるほど強く力が込められている。顔を俯かせているため表情は分からないが、怒りか悲しみか負の感情を表していることに違いはないだろう。

 顎に手をやって頷いていたメイクが立ち上がる。


「お話し、ありがとうございました。我々はそろそろ次の街へ行こうと思います」


 その言葉を聞いたスタが鬼気迫る表情で立ち上がり、悲鳴ともつかぬ声で叫んだ。


「ワシらを助けてくれ! 頼む! お主ら、<歴史の語り部>じゃろう!?」


 そう言って頭を下げるスタを、メイクは冷ややかに見つめると頭を振る。


「気づいていましたか……答えとしては不可能です」

「お主らは"聖句"が使える! その中に何か!何か無いのか!」


 なおも縋ってくるスタにメイクは溜め息を吐いた。


「たとえあったとしても、我々がそれをあなた方に使うことはありません。<歴史の語り部>は歴史の一部である、あなた方に不干渉であらねばならないのです。"聖句"の事を知っているのであれば、ご存知でしょう」

「その決まりを……曲げてはくれんか……」

「残念ながら」


 メイクが折れぬだろうことを悟ったスタは、椅子に体を投げ出すように座ると頭を抱えてしまった。メイクとエレナが「お元気で」と声を掛けて出て行っても、その姿勢が動くことは無かった。


 外では雨が降り続いており、一向に止む気配がない。そんな中真っ先に花畑へ向かい、ラフレスとフーウナを何本か根ごと引き抜きそれぞれ瓶に詰め込んでいるメイクにエレナが話しかける。


「ねぇ、助けてあげられないの?」

「無理ですね」

「ラフスさんは助けたのに?」

「あれはエレナが勝手にそうしただけですので」


 メイクの言葉にエレナが苛立つ。


「メイクがそう仕向けたんでしょ?」

「なら、エレナは"聖句"を使えるのですか?」


 感情の感じられない声を発するメイクに、エレナは言葉を詰まらせる。そんな彼女を振り返らず、周囲の土や振ってきている雨を採取しながらメイクは話を続けた。


「ラフスさんに関しては、私がエレナにすでに公開されている歴史を教え、エレナがラフスさんに助言しただけですが、今回のことに関しては<歴史の語り部>である私が、直接彼らに何かを行使せねばならないのです。しかも向こうが望むのは"聖句"という、この世の理を外れた力。この世界に生きる者が、それに触れるのはあまりに危険です。エレナ、貴女もそれをわかっているでしょう」


 少し厳しさを感じるメイクの言葉に、エレナは"聖句"と同じような存在である"聖紋"をその身に刻んだ時のことを思い出し、身震いした。だが、それでもエレナは食らいつく。


「だったら、解毒薬の作り方を教えてあげれば……」

「なんのために、ここに話を聞きに来たのですか? この花のことを知らなかったから教えてもらいにきたのでしょう? ここで調べ、作り方を教えてしまっては、本部を通さず情報を流してしまったということになります。それでは<歴史の語り部(わたし)>がいる意味がない」


 何も言い返せず俯いてしまったエレナを振り返り、メイクは近づくと肩に手を置く。


「エレナ、残念ですが我々の出来ることはすでにありません」

「わかってる……けど……」

「行きましょう。雨に濡れすぎては風邪を引いてしまいます」


 先ほどまでとは違う、優し気で諭すようないつもの口調になったメイクの言葉にコクリと頷いたエレナは顔を上げないまま、メイクに手を引かれ花畑を歩く。


「なんで……メイクは割り切れるの……?」


 やがてポツリと、雨音に掻き消されそうな声でエレナが声を出す。それはメイクを責めているようで、自分も責めているような声音だった。


「……」


 メイクは返事をせず、代わりに繋いでいる手を強く握ることで返事とし、エレナもそれ以上は何も言ってこなかった。無言のまま句動二輪に乗り込んだ二人は、一刻も早くこの村を立ち去ろうとしているかのように見えた。

 二人を載せた鉄の塊は、雨の中に消えていく。周囲に広がる花畑だけがそれを見送った。




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