Icuselia -DRAGON・DESPAIR
気が付いたときにはもう、帝国軍を憎んでいた。国を滅ぼされ、そして母と父も殺された。何もかも失った俺を受け入れてくれたのは軍という集団だった。来る日も来る日も剣術を学び、そして汗水垂らして過ごした日々を今も忘れない。身体中に染み付いた汗の臭いは良い思い出なのだ。
「おめでとう、イクセリア」
微笑みかけてくれた兵長。俺はこの瞬間から共和軍に所属した。忌まわしき帝国軍を倒すために。
「おはよ、イクセリア」
目が覚めると一人の女が覗き込むようにベットに横たわる俺を見ていた。まだ重い瞼を擦りながらゆっくりと起き上がる。
「おいおい、最後の日くらいゆっくり寝かしてくれよ」
「馬鹿ね、最後くらい一緒にいたいじゃない?」
女の名前はメフィ。俺と幼少期からの幼馴染みで心の友だ。悩み、相談、共に言い合い歩んできた、無くてはならない存在だ。そして・・・。
「明日貴方は共和軍の本部に移動でしょ? 寂しくなっちゃうな」
「帝国軍が軍を拡げているからね。共和軍もそれを抑えるのが必死なんだ。でも俺はそれがチャンスだと思ってる。共和軍に入ったら帝国軍と戦うことができるだろ? 父さんと母さんの仇をとってやる」
何故だかメフィは浮かない表情だ。不安そうに見つめるメフィ。何だろう、少し違和感を覚えたのは言うまでもない。
「大丈夫? 何かあったのか?」
「・・・、共和軍の兵士に認められたって事は、貴方は戦場に行くんでしょ?」
「・・・そうだよ。戦いに行くんだ」
「行かないで」
僅かに耳に入るほどの小さな声。子供のように明るい笑顔が消え、俯いたままそう言ったのだ。
「えっ?」
「行かないで、戦いに何か行かないで。だって殺し合いだよ? 人が死ぬんだよ? イクセリアだって、死んじゃうかもしれないんだよ!」
激しい口調でメフィは詰め寄る。瞳に涙を浮かべながら、俺の胸を殴りつける。馬鹿、馬鹿、馬鹿と。
「みんなそうやって行っちゃうんだ。私のお父さんもお兄ちゃんもみんな! 何でわざわざ死ぬために行くの? イクセリア、貴方もそうやって私の前からいなくなるんでしょ?」
「俺は・・・死なないよ」
断言できない。帝国軍の強さは異常だ。魔獣と契約した七人騎士隊と呼ばれる精鋭部隊がとてつもない戦闘能力を保有しているのだ。人成らざる者、共和軍は皆そう呼ぶ。その七人騎士隊と戦えばどんなに剣術に優れていようと勝つことは不可能。何故なら彼等は、人を辞めているからだ。
涙を浮かべながら胸に顔を埋めるメフィをそっと抱き締める。柔らかいメフィの身体。
「俺は絶対に戻ってくる。帝国軍の強さは異常だ。だけどね、俺はやらなくちゃいけないことがある。だから死ぬわけにはいかない」
「やらなくちゃ、いけないこと?」
潤んだ瞳が此方を向く。そうだ、死ぬわけにはいかない。
「君と、君ともう一度会いたい。そして君と結ばれたい。親友何かじゃない、恋人として君と結ばれたいんだ。俺は、俺は君を・・・」
ーー愛している。
「・・・イクセリア」
「愛している何て簡単な言葉じゃないのはわかってる。でも俺は君の事を愛している。だから、死ぬわけにはいかないだろ?」
恥ずかしいことを言ってしまったが悔いはない。今から戦場に行くのだ、当然死んでしまうかもしれない。その前に伝えたかったこの言葉。
メフィは視線を落とす。
「ずるいよ、そうやって。そんなこと、当然じゃん。なのに、何でいなくなるの? 何で死にに行くの? 残された私の気持ちになってよ!」
胸を強く叩く。抑えきれない思いが拳になって俺の胸へ伝わる。
「私だって貴方を愛してるに決まってるじゃん。私を愛してるなら、戦場に何か行かないでよ! 私を、私を・・・」
ーー私を一人にしないで?
「帝国軍には紅い悪魔がいる」
共和軍の中で最も有名な帝国軍の騎士。紅い悪魔と呼ばれるその騎士は余りの強さから共和軍、味方であるはずの帝国軍にすら脅威とされている。
「ヤツは人間ではない。魔物だ」
戦場でヤツを見たら最後。そう言われているほどだ。
荒れた広野には無数の数の共和軍が壁を作っていた。帝国軍の侵攻をこれ以上させるわけにはいかない。連なる兵士の中に、俺もいた。
「全員、構えぇっ!!」
指揮官の号令に皆が剣を構える。当然、俺もだ。慣れない手付きで剣を構えると目の前に並ぶ帝国軍の騎士達を見た。凛々と輝く獣の瞳だ。俺達は獣に目をつけられた獲物なのだ。
「進めぇっ!!」
指揮官の声が響き渡る。剣を構えた兵士達が一斉に駆け出した。雄叫びを上げながら駆け出す兵士達。帝国軍の騎士隊も同じように駆け出した。剣と剣がぶつかり合い、鳴り響く金属音。鎧の隙間から溢れ出す血飛沫。断末魔の叫び声がこだまする中、俺は必死に剣を振るった。
人を殺したことなどない。人を斬ったことすらないのだ。そんな俺は震える自分を掻き消すように、また声を張り上げ剣を振るった。
剣が肉を切り裂く感触。鮮血が弾け飛ぶ。血が顔にべっとりと付く。拭うことなど忘れている。
「進め進めっ!」
指揮官の怒号に促されるようにどっと雪崩れ込む。人の波と波がぶつかり合い混乱する荒れた広野。あっという間に死体と血の臭いで充満した辺り一面はまさに地獄だ。
遠くの方で人が舞った。宙に吹き飛ぶ人。だが気にしてはいられない。自分のことで精一杯だ。
「くそくそくそ!」
剣を凪ぎ払い、迫る敵を切り裂く。垂れ流れる汗を拭うこともなく、ただ一心に。
敵の剣が頬を兜を掠める。甲高い音が充満し、思わず仰け反る。勢いよく尻餅を付いた俺に、好機とばかりに剣を振り上げた帝国軍の騎士。死を予感した。
無造作に突き出した剣が相手の腹部に刺さった。どっと溢れ出す血液。それを更に凪ぎ払うと、引き裂かれた腹から内蔵が飛び散った。騎士は振り上げた剣を降り下ろすことなく、崩れるように倒れ込んだ。どさりと死体がのし掛かる。はぁ、はぁと云うように息を荒げながら上に乗る死体をずらし、立ち上がる。
こんな所で死ぬわけにはいかない。ふらつく身体に力を込める。ぎりぎりと歯を食い縛り、剣を構えた。父と母の仇、そしてメフィともう一度会うため。
もう一度、メフィを抱き締めたい。
「生き残らないと意味がない」
自分に言い聞かせる。
すると突然、目の前で人が舞った。何だ? さっきも遠くで飛んでいた。何かが近付いているのか?
ーー帝国軍のハイネだ!
誰かがそう叫んだ。吹き飛んだ人の血飛沫が顔に飛び散った。凪ぎ払われた剣。その奥にいる青年。ぐにゃりと顔を歪めたその瞳は紅く染まっている。
「紅い悪魔だ!」
次々と群がる兵士を斬り倒す。この場にいる共和軍はこの男に殺された。無造作に散らばる肉片と化した人。人の波と波で衝突した筈だった。だが既に違う。周囲を見回すが殆どいない。目の前にいるこの男に殆ど殺されてしまったのだ。
紅い悪魔と会った者は必ず死ぬ。恐怖か心の底から溢れ出す。全身がガタガタ震える。
ーー殺してやろう。
そう言った。俺を見てそう言った。一瞬だが永遠に思える。その男の一歩がやたら長く感じる。一瞬だがゆっくりと。振り上げられた剣が血を纏い紅く光る。
ーーメフィ・・・。
身体から紅い液体が吹き出した。目の前を埋め尽くすように溢れ出る。どろどろとした生暖かい血液が。
脚から順に力が抜けていく。後ろに倒れ込んだ。地面に崩れ落ちる身体が嫌に重い。じんわりと土壌を紅く染めながら俺は空を眺めた。真っ黒な雲が覆い尽くした空。あぁ、何だか眠たい。
「私を一人にしないで?」
耳元で囁かれた気がした。頬に何かが流れた。溢れ出る血液でもない。空から降り注ぐ雨でもない。
「ごめん、ごめん、ごめん」
無意識に溢れ出るその言葉。涙が血と同じように溢れだした。メフィ、君を愛している。だがそれは君を苦しめることになるとは。俺は、君を一人にしてしまう。
ーーもう一度、君に会いたかった。




