躊躇い
ダンテはハイネを狙う。それはセティと同じだ。記憶を取り戻すためにハイネを殺す必要があるのだ。セティの場合、村を共和軍に滅ぼされ、復讐を誓うセティに手を差しのべた信頼。それを裏切りという形で崩れさせられた心の意味での裏切りだ。ハイネは僕が殺す。五年間、ずっと誓った。それを突然現れたダンテに取られてたまるものか。
「怒っているの? フフフッ」
目の前でくるくると踊るノーリア。相変わらず話が通じない。だが、何だか落ち着く。ハイネに対しての怒りやらダンテに対しての嫉妬がノーリアの前だと無かったかのように消えてしまう。穏やかな心で満たされるのだ。
「貴女は他の魔女と違う。何故こうも心が癒されるのでしょうか?」
セティの問いにノーリアは微笑みを返す。
「ルールルル、フフフッ。面白ーい、面白い」
ずっとこの調子だ。全くもって話が通じない。だが何故だが癒される。
「魔女ノーリア。私は貴女の護衛として此処にいます。紅い目の男が貴女を殺すのでしょ? それは間違いなくハイネです。何故貴女がハイネに殺されるのですか?」
「殺す、死ぬ。殺す、死ぬ」
ノーリアは首を不可思議に傾げながらそう言った。何故だ、殺されるとわかっているのに何故こうも無関心でいられるのか。
「貴女は殺されるのがわかっているのに何故? 死が恐ろしくないんですか?」
セティの表情が暗く落ち込んでいく。
「死が恐ろしくない人などいない。だから皆生きようともがく。貴女はそれに全く無関心です。いや、そもそも、生きている事にすら興味が無いように思えます」
流れ出る言葉に思わずハッとした。慌てて訂正の言葉を述べる。
「すみません、貴女を侮辱するつもりはありません。ただ、その・・・」
「私は私、貴方は貴方。人の心は人それぞれ」
ノーリアの微笑みがすっと消えた。セティの瞳をじっと見つめたまま、語り掛けるようにゆっくりと口を開いた。
「人は死ぬ。何れ死ぬ。時が殺す場合、時を待たずして死ぬ場合。人は死を免れる事は出来ない。だけど私は違う。いくら時を待っても死ぬ事は出来ない。親しくなる人も、愛する人もみんな死んで行く。残るのは私だけ。だったらいっそ、殺して欲しい」
初めて通じた。だがそれはセティの心を深く抉った。あの美しい微笑みを浮かべながら踊るノーリアの口から、此処まで重い言葉が出るとは思いもしなかった。ハイネを殺す事で一杯だったセティの心。ノーリアの悲痛な叫びがどっと流れ込んできた。
「貴方は私を殺せないでしょ?」
セティは思わず剣を引き抜いた。銀の刃がノーリアの顔に向けられる。
「何故そんな事が言い切れる!」
「貴方の目」
「な、何を言ってる! 目? この僕が魔女一人を殺せないわけがないだろ!? 」
セティは動揺を隠せないようだ。
「僕はハイネを殺す為には何だってやる。貴女がハイネ殺害を邪魔するなら僕は躊躇わず貴女を殺します」
「・・・」
ノーリアはゆっくりと目を伏せた。セティは剣を鞘に納める。
「私は騎士です。人を殺すのに躊躇いなどありません」
そう言ったセティは酷く沈んでいる。嘘だ。ノーリアは沈み混むセティを見ながら、崩れた柱に腰を下ろした。
「躊躇わないなら、何故私を殺さないの?」
「それは・・・」
セティは何も言い返せない。この心に蔓延る躊躇いは何だろうか。戦いで人を躊躇いなく殺す。だが何故だろうか、握り締めた剣を降り下ろす事ができなかった。もちろん、ノーリアを守れと言う命令に忠実だと言う事もある。だが何だろうか、何か違う。
「私は一度、本部に戻ります。騎士を付けておきますので、くれぐれもご注意を」
踵を返したセティはコツコツと足音を立てながら歩きだした。扉に手を掛けると名残惜しそうに振り向く。
「貴女は私が守ります。ハイネに殺させる訳にはいきません」
それではと、頭を軽く下げ、扉を出ていった。
『死を望むか、あの魔女は』
ラムセスは巨大な翼を羽ばたかせながらそう言った。肩に乗るセティは何処か遠くを見ていた。
「僕は、あの人を殺せなかった。命令とかそういうものじゃなくて・・・。何て言うか、よくわからない」
ふむ、とラムセスは同じように遠くを見る。
『殺すべき者でない限り、殺す必要などない。守るべき者がいる限り、その者を守り抜くがよい。セティ、お前はハイネとは違う。殺戮に囚われた悪魔ではないだろう? ノーリアを守れ。それが一番正しい』
「ラムセス・・・僕は」
『ハイネという男、母親を殺された恨みから帝国軍の騎士団に所属し、紅い悪魔となった。だが奴は変わった。共和軍を殺す目的が、仇から次第に殺戮の快楽に変わってしまったのだ。わかるか、セティ。何もかも殺すと言うのはお前が一番恨んでいる者、ハイネと何も変わらないのだぞ?』
ラムセスの言葉にセティはただ頷くしかなかった。ハイネを殺す事ばかり考えていたセティ。他の事はどうでも良い、ただハイネを殺す。
『ノーリアを殺せなかった。セティ、それで良い』
語りかけるように諭すラムセス。ぼんやりと遠くを眺めるセティは黙ったまま何も言わない。口を開き、言葉を発しようとするが喉の奥で止められる。代わりに出た大きな溜め息。
「僕は、僕は・・・」
ようやく絞り出した言葉。
「ノーリアを守りたい・・・」
ラムセスの口が開く。
『守れ、守る為に戦え』
その言葉にセティは思わず振り向いた。ラムセスはずっと遠くを見ている。話し掛けようと躊躇ったが、セティは同じように遠くを見た。




