翼、相容れぬ竜
ダンテの目の前に立つ一人の女騎士。腰から二刀の剣を引き抜くが、僅ながら震えている。
ーー貴方は世界をも滅ぼす力を持っています。
あの蛇のように鋭い目付きの男に忠告された言葉が耳に残る。かつて国を一つ滅ぼした黒き翼。だが今のダンテには何一つとして記憶など残っていないのだ。
ーーハイネを殺しなさい、そうすれば記憶を戻しましょう。
その言葉を信じる他ないのだ。
「ハイネは何処にいる?」
「答えたら貴方は殺すの?」
フェレスは剣を構えながらそう言った。
「それが私の目的だ。私が記憶を取り戻すために必要なこと、それがハイネを殺すことだ。もう一度問う、ハイネは何処にいる? 」
「答えても、殺すでしょ?」
「私の目的はハイネだ。お前には興味がない」
ダンテは瞼一つ動かさない。ただフェレスを見つめているのだ。
『下がれフェレス! お前はこいつには勝てないぞ!』
ゲオルクは二人の間に入ると鋭い目付きで睨み付けた。身体中の毛を逆立て、渾身の威嚇をする。
『記憶を無くしてやがろうと、こいつはあの黒き翼。あの日の根源だ」
ゲオルクがそう言い残し、地面を思いきり蹴る。巨体が勢いよくダンテに飛び掛かった。口を大きく開き、巨大な牙を剥く。ダンテの眉がピクリと動いた。
飛び掛かったゲオルクの腹部に衝撃が走る。吹き飛んだゲオルクは壁に叩きつけられ、破片もろとも地面に落ちた。ダンテはゆっくりと振った腕を下ろす。
「邪魔をするな、何もお前達を殺そうとは思っていない」
異常事態を察知した兵士が建物から駆け出てくる。当然、アルフレッドの姿もある。
「イリス様!」
走りながら剣を引き抜き、ダンテの前に立ちはだかった。
「イリス様を中へ! 黒き翼ダンテ、何故貴様が此処にいる! 眠りの器が解放されたのか!」
「私は何も知らない、命ぜられるままに此処にいる」
「記憶がないのか? ならば今の内に殺すのみ!」
アルフレッドが踏み込み、剣を振り上げた。渾身の力を込めて振り下ろされた剣を片腕で受け止めるダンテ。その腕は悪魔のような禍々しいものであった。
「あの日の出来事は起こさせない、絶対にだ!」
「あの日? 私は何も覚えていない」
振り払い、凪ぎ払うアルフレッド。ダンテはそれを後ろに下がり避けると、翼を広げた。更に迫り来るアルフレッドの剣を避けるように翼を羽ばたかせ宙に舞う。風圧で思わず後ずさりしてしまったアルフレッドは顔を腕で覆いながらダンテを見る。
「此処にハイネがいないのなら、私は此処に用はない。お前達と争う気も無いと言う事だ」
翼を羽ばたかせたダンテはそう言い残し、大空へと消えていった。
国一つを滅ぼした黒き翼ダンテ。そう言われるが自覚はない。丸っきり他人事のようにしか思えない自分の所業を、当然疑問に思う。
だがやはり自分が黒き翼なのだ。ケルベロスすら片手で吹き飛ばすこの力。人を遥に越えている。自分が黒き翼だと改めて実感した。
ーーまるで化け物じゃないか。
心の中で呟かれるその言葉。
『貴様が例の死神か?』
ハッと我に帰ると、目の前には黒い竜が羽ばたいていた。
「死神? 私はダンテだ」
『国諸とも大多数の人間を殺した者が何を言うか』
黒い竜は嘲笑っている。
『黒き翼ダンテ。マルーシャ王国の唯一の生き残りだとは聞いた。それに加え、事件の根源であるとも。やはり、ジュリアールによって復活されたのか?』
「何故お前に言わなければならない? お前が噂の黒き竜だと言うことは私にもわかる。ならば私とお前は相容れぬ存在。敵、その存在に口を開くとでも?」
『ならば此処で殺し合うか? 三百年前に世界を滅ぼした竜と、たかが国一つを滅ぼしただけの化け物。我に勝てるとでも思っているのか?』
黒い竜は大口を開けて嘲笑う。
「ジュリアールは言った。お前には既にその力はないと」
『貴様と同じく、記憶と共に力も失った。いや、魂が抜けたと言ったほうが正しいのか』
「赤子に移されたのだろ?」
『それの末裔が竜の子だ。しかし、貴様程の者をジュリアールが操れるとは思いがたい。奴の腕は貴様によって失われた。貴様に対しての恐怖心・・・、いや、奴にはそんなもの持ち合わせていないのだろうな』
くくくっと嫌らしい笑い声を上げた黒い竜。ダンテはそれをじっと見ている。
『記憶がないのも悪くない。過去の自分を捨てられるからな』
そう言い残し、身を翻す黒い竜。まて、と手を伸ばしたダンテに振り返りながら
『今は戦う気が起きぬ。次会うときは、貴様の頭を喰い千切ってやるわ』
と言った。




