黒き翼ダンテ
アルフレッドはゆっくりと椅子に座った。深く座り込んだアルフレッドは大きな溜め息と共に、意を決したように顔を上げた。
「私はヴァリシュリアの出身です」
フェレスは困惑した表情だ。
「帝国軍騎士団の七人騎士隊、私はそこに所属していたのです。契約獣はゴーレム。そして、名前は・・・」
――アリーシャル。
「アリーシャル、聞いたことがある」
フェレスは思い出したように口を開いた。
「マルーシャ王国事件で黒き翼を封じ込めた謎の七人騎士隊。ゴーレムで封じ込めて姿を消したって噂があるけど・・・、まさか貴方がそのアリーシャルなの?」
「そうだ、私はアリーシャルだ」
アルフレッドは深く頷いた。そのアルフレッドを見てイリスは何も言わない。
「マルーシャ王国を帝国軍傘下に入れるため、私達騎士団は魔物を引き連れ戦いました。王国は必死に抵抗し、私達の前に一人の兵器を投入しました」
アルフレッドの拳は強く握り締められていた。
「マルーシャ王国最強の兵器で、最終兵器。黒き翼ダンテ、彼らはその悪魔のような兵士を帝国軍に差し向けました。ダンテは恐ろしい兵器です。人を辞めた者達の集団である騎士隊であろうと、奴の前では赤子も同然。帝国軍は皆殺しです。我々騎士隊も殺される、そこで上層部は決断しました。不死身であるゴーレムで奴を封印する。そう…」
――眠りの器を造ろうと。
今まで黙っていたイリスは、唐突に口を開いた。
「嘗て忌まわしき竜の魂とその契約者の魂を収めた器ですね。二つの魂が互いに抑制し合う、忌まわしき竜の器は単体では完全に竜を封印することは出来ませんでした」
「それは忌まわし竜、そして契約者の力が余りにも強すぎたためです。ゴーレムは自らの身体で眠りの器を造りだし、ダンテと共に眠りに付きました。しかし、私はそれが恐ろしかった」
アルフレッドは顔を伏せ、押し殺したような悲痛な声で更に続けた。フェレスとイリス、共に黙ってその話に耳を傾けている。
「心と心で繋がったゴーレムを封印の依代にしたのです! 封印はゴーレムの心をも蝕む、その叫び声は私の心の中に永遠と響き渡るのです! 私はゴーレムを裏切った、心の支えを自ら差し出した! 私の心は耐えきれなかったのです!!」
アルフレッドは叫んだ。心の中に溜まったどろどろとした物を吐き出すかのように。嗚咽の混じったその声は何処か震えて聞こえる。いや、確かに震えていた。
「いくら命令だからと言って心の友を裏切った、それに変わりはありません。私達が生き残る代償にゴーレムを差し出した。ゴーレムは死ぬことがありません。だから永遠に封印の苦しみを味わい続けるのです」
「…アルフレッド、もう良いのですよ?」
イリスが語り掛けるようにそっとアルフレッドの肩に触れた。
「いいえ、これは私の永遠の罪なのです。貴女様に捧げたこの命、全てを曝け出さなければなりません。ゴーレムで封印されたダンテを味方につけようと考えた帝国軍はダンテを復活させようとしました。ダンテが帝国軍の手で復活すれば…、世界は崩壊の道を辿るでしょう。それは何としても防がねばなりません。ゴーレムで造りだされた眠りの器を壊すことが出来るのは、契約者であるこの私だけ。私は帝国軍から逃れ、名前を変えました。そして…」
――貴女様に救われたのです、イリス様。
真っ暗だ。何も見えない、何も聞こえない。触れることも、感じることもできないこの空間に囚われ、果たしてどれ程の時間がたったのだろう。何もわからない。
――今はまだ、耐えてくれ。
その言葉が今もなお、耳に残る。無という空間、孤独という空間に耐えれば良いのか。その言葉を理解していない、いや忘れてしまった。
私は誰だ? 何故、此処に? そんな事をずっと考えているのだ。今はまだ耐えてくれ、その言葉以外何一つとしてわからない。生まれたての赤子のように無の状態なのだ。
――覚醒状態、入ります。
突然、真っ暗な世界から引き抜かれた。目の前に立つ白衣の男達。白い空気の泡がごぼごぼと目の前を通り過ぎる。何がどうなっているのだ。鼓動が体内と空気を伝わって…、いや空気ではない。液体の中にいるのだ。耳の中に響き渡る自らの鼓動。重く深い息は口に被せられた管のようなもので行われていた。
目の前に立ち並ぶ白衣の一人がゆっくりと近付いてきた。
(気分はどうかね?)
ガラスケースに隔てられ、液体に響く声。どう対応してよいのか困る。孤独の時間が長すぎたというよりも、今この状況下を理解していないのだ。なので目を泳がせるしかなかった。
(こちらの質問に反応しています)
よし、と目の前に立つ男は他の男達に何やら促した。すると突然、やたらに響く機械音と共に液体が排出され始めた。一通り液体が排出されると、また機械音と共にガラスケースがゆっくりと開き始めた。
その中にいた裸体の男。黒い髪は腰まで長い。手や足に取り付けられたチューブを纏いながら、男は目を丸くさせながら周囲を見回していた。
口につけられた呼吸器を外すと、男は震える声で口を開いた。
「此処は、此処は…」
「やはり混乱しています。覚醒時のショックが大きかったのでしょうか?」
男達は何やら慌ただしく動き出す。そんな中、目の前に立つ男は冷静にじっとこちらを見ている。ガラスケース越しではなく、リアルに向かい合うその男は蛇のように鋭い顔つきだ。
「初めまして、いや久しぶりかな? 私の名前はジュリアール。君の管理者だ」
「わ、私の管理者…?」
「そうだ、君は私の管理下の者。君は長い間囚われていてね、私達は君を其処から出したのだよ。しかしどうやら記憶を失っているようだ」
「記憶…」
裸体の男は頭を抱え込んだ。何も思い出せない、何も覚えていない。自分自身が何もかすら解っていないのだ。
ジュリアールはそっと顔を近づけた。
「大丈夫だ、君の記憶は私達が思い出させよう」
「私の、私の名前は!!」
裸体の男の悲痛な叫びにジュリアールは少し驚いたが、いつもの嫌らしい笑みを浮かべて…
――君の名前はダンテだ。
と言った。




