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来年の種は、取り置いてございません 〜婚約解消いたしましたので、春に何を蒔くかはご自分でお決めください〜  作者: 甲斐みつは


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13/15

第13話 九年分で足ります

 残り二日。


 八つ目と九つ目の、四日目でございました。二十六と、二十八。八十六と、九十三でございます。


 これで九つとも検め終わりました。平均は、八十七でございます。例年どおりでございます。


 いちばん低かったのが六つ目の八十、いちばん高かったのが九つ目の九十三でございました。低い袋の分だけ厚めに蒔きますと、蒔く量は都合で三俵ほど増えます。


 布を隅へ置いてから、机に九冊を並べました。


 五二九年の一枚が抜けております。抜けておりますのは、カルステン産の記録でございます。あの年の分だけが、ございません。


 わたくしは、残りの年からカルステン産の欄を拾い出しました。


 五二八年、五十九。五三〇年、五十七。それから、五二五年にも一度ございました。五十六。五二三年、五十八。


 四つでございます。


 紙に書き出しました。五十九、五十七、五十六、五十八。


 足しますと、二百三十でございます。四で割ります。五十七と、あまりが二。


 平均は、五十七でございます。


 抜かれた一枚を入れますと、五つで二百八十八。五で割りますと、五十七と、あまりが三。


 どちらも五十七でございます。


 念のため、いちばん低い五十六を外して三つで出しました。五十八でございます。いちばん高い五十九を外しますと、五十七でございます。


 外しても、入れても、五十七か五十八のあいだから出てまいりません。


 抜かれた一枚には、五十八とございました。五つで平均を出しますと、五十七か五十八でございます。四つでも、五つでも、五十七か五十八でございます。


 わたくしは筆を置きました。


 変わりませんでした。


 変わらないように、母がなさっていたのだと思います。毎年おなじ書式で、おなじ場所に、おなじ数を書く。一年ぶんが欠けても、残りで平均が出るように。


 三冊目の終わりの一行を、もう一度見ました。


 ――蒔く分は、先に取る。


 その下に、日付だけがございます。母は理由を書きませんでした。理由はヨナが覚えておりました。西の村のことでございます。


 書かれていないものが、二十年たって別の人の口から出てまいりました。それも記録のうちだと存じます。


 昼、ミレナさまの手紙が参りました。四通目でございます。


 ――エルナさま。教えてくださいませ。


 ――十八俵を買うべきでしょうか。


 請われました。


 わたくしは紙を出して、書きました。


 ――五十七でお計算くださいませ。カルステンの九年ぶんの平均でございます。


 ――ただし、お手元の三十俵は五十四でございます。乾かしすぎのぶん、記録より落ちております。


 ――二百四十エーカーには、四十八俵が要ります。不足は十八俵でございます。数はコルプ商会のお見積のとおりでございます。


 そこまで書いて、一度筆を止めました。


 それから続けました。


 ――お届けは春分の九日後、蒔けますのは残り五日でございます。


 ――ヴァイデンの人手は六人、馬が二頭でございます。一日に六エーカー、五日で三十エーカーでございます。


 ――十八俵のうち、蒔けますのは六俵でございます。残りの十二俵は蔵に残ります。


 ――来年まで置きますと、また目が覚めにくくなります。


 筆を持ったまま、少し考えました。


 どうなさいませ、と書くのは易うございます。ですが、決めるのはミレナさまでございます。


 ――残りの五十エーカーには、豆をお蒔きになれます。豆の種は市に出ております。値は三分の一でございますが、豆のあとの土は麦がよく出ます。来年の麦が、その分だけ良くなります。


 ――どちらになさっても、今年の帳簿は合いません。


 ――合わないほうを、どちらにするかでございます。


 最後に、こう書き添えました。


 ――四日目は、必ずご自分でお数えくださいませ。


 封をしようとして、手を止めました。


 この手紙は、コルプ商会の商いを一つ潰します。金貨百八枚でございます。


 わたくしはヴァレンを憎んでおりません。あの方は嘘を吐かれましたが、種は本当に持っておられますし、日付も正直に書いておられます。値が高いのも、時期のせいでございます。


 ただ、蒔ける面積は増えません。


 増えないものを、増えると思って買うのが損でございます。損だと申し上げるのが、請われたことでございます。


 封をして、使いに持たせました。


 夕方、父が畑に出てこられました。父が畑に出られるのも、久しうございます。


「明後日か」


「はい」


「種は」


「九つとも検め終わりました。平均で八十七でございます」


「そうか」


 父は畝を見ておられました。南北に切ってございます。


「向きを変えたな」


「はい」


「……お前の母も、そうしていた」


 わたくしは父のほうを見ました。


「変えたのは母でございますか」


「わたしが東西で切っていたのを、嫁いできた年に変えられた。ずいぶん腹が立ったのを覚えている」


 父は、少し笑われました。


「それきり、東西には戻さなかった。お前が嫁いでからは、そもそも切らなくなったが」


 わたくしは畝の端から端まで見渡しました。


 三年荒れておりました土でございます。まだ固いところが残っております。それでも、崩れます。


「父上」


「うむ」


「借財は、あと三分の一でございますね」


「そうだ」


「百二十エーカーで、二年ぶんでございます」


「……そう計算するか」


「はい」


 父は何も仰いませんでした。ただ、しばらく畝を見ておられました。


 その晩、母の文机の抽斗を開けました。


 四通の手紙と、母の帳面三冊が入っております。手紙は、ミレナさまのものでございます。


 わたくしは一通目から順に読み直しました。


 一通目は、十七でございました。二通目は十六。三通目には、家令の帳簿の話。四通目に、教えてくださいませ、とございます。


 一通目のときは、数を写して帰られただけでございました。二通目でご自分の袋を変えて測られ、三通目で帳簿をご覧になり、四通目で訊いてこられました。


 四通で、そこまでいらっしゃいました。


 わたくしは十年かかっております。


 いえ、十年かかったのではございません。十年、誰にも訊かれませんでしたので、そのままにしていただけでございます。


 手紙を抽斗に戻して、閉めました。


 その晩、九冊を包み直しました。


 十冊だったものが、九冊になったのではございません。十冊のうち一冊が、一枚薄くなっただけでございます。


 包みの厚みは、ほとんど変わりませんでした。


 明後日が、春分でございます。


 向こうの畑に何が蒔かれるかは、明日の朝までに決まります。

同じ書式で、同じ場所に、同じ数を書き続けますと、一年ぶんが欠けても平均が動きません。エルナの母が二十年前に決めた書き方が、そのままここで効いております。記録が強いのは、量ではなく揃っていることのほうです。


一枚を握って値をつけた人にとっては、いちばん困る形の負け方だと思います。誰も奪い返しておりませんので、返せとも言えません。


明日は春分です。ヴァイデンの畑に何が蒔かれるかが決まります。


ブックマークと☆は、新しい帳面の紙代にいたします。十冊そろえるには、あと九年かかります。

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