白狼 ガルサス・ロードギア(2)
夕刻の砂漠地帯。
黒い砦から数メートルほど離れた位置で、僕は片膝をつく。
砦の門の方から、ゆっくりと歩いてくる白髪白髭の軍服の男、"白狼 ガルサス・ロードギア"。
セシルから聞いた話では、
大陸トップクラスの勇者候補である王国六聖勇士の1人でアーバスラムの西側を仕切っている騎士団の長。
他の騎士からは"大団長"と呼ばれている。
圧倒的な存在感。
この男こそアーバスラム最強と言われる【西の白狼】。
僕は息を呑みつつ近くにいる2人を確認した。
オレンジ色のウルフカット髪、褐色肌のギャル魔神ディアナは立ち上がり白狼を鋭く睨んでいるが体が震えている。
そしてマルタさん。
飛ばされた勢いで兜が取れて顔が露わになっていた。
ブラウンのベリーショートの髪に、まだあどけなさが残るそばかすの女性。
僕のすぐ横に倒れているが生死はわからない。
「マルタさん!」
「……」
先ほどの白狼ガルサスが放った衝撃波のようなものがなんだったのかは不明だが、間違いなく体にダメージが入った。
もしかするとマルタさんは予想以上に傷ついている可能性はある。
僕は白狼ガルサスを見た。
すると、彼はなぜか足元に目を落としていた。
そして"何か"を拾いあげるとそれを見る。
「これは、お前が落としたものか?」
そう言って、手に吊るすように"深紅の丸い宝石がついたネックレス"を僕に見せた。
「それは……」
「お前が落としたものかと聞いている」
「は、はい」
「これを、どこで手に入れた?」
「婚約者からもらいました」
「……」
嘘ではない。
だけど、ただ贈り物というよりは調査資料のようなもの。
ランジェリカさんからもらった【ホワイト・スコーピオン】に繋がると思われる手がかりだ。
「そうか」
ガルサスさんはそれだけ呟くとネックレスの赤い宝石の部分を握り、そして潰した。
「な、なんてことを……」
「まさか人間が魔神を救いに来るとはな。想定外だ。しかも、こんな若者だとは」
「え?」
僕は顔に手を当てると『偽装』のスキルが解除されているのがわかった。
このスキルは僕が解除するか、魔力が続く限り解けることはない。
さっきの衝撃波でスキルが強制的に解除させられたの?
もしかして"スキルを無効化する風"とか?
「魔神に操られていると考えるのが自然ではあるが……まさか、その逆なのではあるまいな。そうなれば"勇者候補"ということになるが」
「僕は勇者候補です」
「紋章は?」
僕は左手の甲をガルサスさんに見せるように向けた。
「黒竜……【三神幻想級】とは"王女陛下"以来だな」
王女陛下って、この国のお姫様ってことかな。
お姫様も勇者候補で僕と同じ【三神幻想級】の紋章者なんだ。
「なぜ、その魔神を助けに来た?」
「彼女の力が必要だったからです」
「なぜ?」
「ある人の病気を治すために彼女のスキルが必要なんです」
「なるほどな。だから、わざわざここまで来たと……だが、そうなれば、そこの魔神のスキルを知らなければならない。となれば情報源は魔神か。他にも魔神を使役しているな」
「……ええ」
「お前に入れ知恵した魔神は赤髪の魔神か?」
「え?」
「お前に知恵を与えたのは赤髪の魔神かと聞いている」
「いえ、"青髪"ですが……」
ガルサスの鋭い眼光が突き刺すように僕を見る。
ちょっと待てよ、"赤髪の魔神"ってもしかしてイヴのことかな?
するとガルサスさんは右拳を口元に近づけて呟くように言った。
「"セフィア"、ヤツは嘘を言っているか?」
〈いえ、言っておりません〉
「そうか」
一体、誰と会話しているんだ?
目を細めてみるとガルサスさんの右手の指には"エメラルドグリーンの指輪"がはめてある。
それより気になるのは肩のあたりに小さな風が巻き起こっていることだ。
その中には妖精のような人型の何かが飛んでいるように見えた。
「そういえば、"黒竜"とは確か……」
言って、さらにガルサスさんは続けた。
「さっき言っていた、お前の婚約者とは誰だ?」
「ぼ、僕の婚約者は……」
これは素直に答えてもいいものなのか。
相手はランジェリカさんの元上司だ。
その元上司の砦に侵入して魔神を脱獄させる婚約者なんてありえないだろう。
「素直に答えることだ。嘘を言ったら、この場で魔神ごと殺す」
凄まじい殺気だ。
もしかして、さっきの"セフィア"という妖精(?)の力で相手の言った嘘がわかるのもしれない。
そう思った瞬間、僕は口は勝手に動いていた。
「ランジェリカ・リリーさんです」
日和ってしまった。
いや、誰だってこうなるでしょ。
目の前にいるのはアーバスラム最強の勇者候補だぞ。
これが凶と出るか吉と出るか。
「なるほどな、そういうことか。昔、ラジウスが言った通りになるとは……」
ラジウスって誰だろう?
でもガルサスさんの表情が緩んだ気がする。
「それで、もう一人、そこに騎士が寝ているが、彼女はどうしてお前に協力したんだ?」
「マルタさんは僕が脅して無理やり協力してもらいました」
そう僕が言った瞬間、
〈嘘をついています〉
ガルサスさんの肩の辺りで声がした。
「嘘をつくなと言ったはずだ」
「あ……えーと、マルタさんは魔物や犯罪者と関わるのが怖くて騎士を辞めたいと言ってましたので、僕の部下の補佐をしてもらおうかと誘いました」
〈真実を語っています〉
「そうだったのか」
"セフィア"と呼ばれる妖精(?)の言葉でガルサスさんから殺気が消えた気がした。
それにしても、あの妖精(?)の声はとても機械的だな。
「質問は以上だ、さっさと、この場から消えろ」
「い、いいんですか?」
「構わん。そのかわり二度とここには来るなよ。"マルタ・リエット"にも、そう伝えておけ」
それだけ言ってガルサスさんは振り向いて砦の方へと戻っていった。
僕はほっと胸を撫で下ろす。
隣にいて動けずにいたディアナも緊張が解けたようだ。
命拾いした……。
戦わずに済んだのは好都合ではあるが、なぜガルサスさんは僕を見逃したのだろうか?
僕だけではない。
人類の敵とも言うべき魔神もだ。
気のせいかディアナに対しては無関心に見えた。
いや、セシルにもか。
【白狼】は、ただ"赤髪の魔神"だけにしか興味がないような……そんな印象だった。




