白狼 ガルサス・ロードギア(1)
僕とディアナは女騎士のマルタさんに用意してもらった騎士変装セットを着用して牢を出た。
とても古典的な策ではある。
だけど、まさか最強クラスと言われる勇者候補の砦から、こんな方法で脱獄するなんて思いもよるまい。
だけど、ここで少し問題が発生する。
マルタさんのちょっとした迷いだ。
牢屋から出てすぐ、石階段を上ることを躊躇していた。
「本当にこれでいいのでしょうか……?」
当然のことだと思う。
ここに来る時も言っていたけど、せっかく【白狼の砦】という大企業(?)に就職したのに辞めるだなんて。
親想いのマルタさんにとっては心が痛むだろう。
「僕は無理強いしないのです。もし一緒に行くのが嫌であれば、僕に脅されて協力させられたことにして下さい」
「そ、そんな……それではシオン様が……」
「僕のことは気にせず、マルタさんは自分の幸せのことだけを考えて下さい」
「私の……幸せ……」
「マルタさんの両親もそれを一番望んでいるはずです」
「そうですね、やっぱり私……ここに残ろうと思います」
「わかりました。それでは僕たちがここを出たら、お別れということで」
「ご迷惑おかけします」
「いえいえ、マルタさんには助けられました」
まぁ、こんなこともあるだろう。
人間なんだから心変わりだってあるさ。
ただ後悔だけはしてほしくはないから、マルタさんにとって最善の選択ではあってほしい。
一方、ディアナは騎士服を身につけると、なぜか足元をモジモジと動かしている。
「で、ディアナさんはどうしたの?」
「あ、いや……お尻あたりが気になって……」
「ああ、尻尾だね」
それはさすがに我慢してもらないとなぁ。
歩き方はちょっとぎこちなくなるけどさ。
そんなイベントがあった後、僕とディアナはマルタさんを先頭に石階段を上がった。
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天候は夕暮れ。
この時間が暑さのピークと言ってもいい。
慣れない騎士の重装備に汗だくになりながら、僕たちは砦の外へと出る門の前へと向かう。
その時だ、1人の男性騎士とすれ違った。
「おい、マルタ」
「は、はい!」
ドキリとした。
兜ごしでも誰だかわかるの?
僕らは立ち止まって振り向く。
男性騎士はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
いや、マルタさんを見ているのか。
「よく犯罪者を一人で連れて来れたな」
「は、はい。先輩方の指導のおかげです」
「ほう。それならよかった。厳しい指導だが、ついてこれて嬉しいよ」
そう言ってゲラゲラと笑った。
なんだろう、とても嫌な気分だ。
コイツはどことなく、あの"チンピラ冒険者"に似ている気がする。
騎士のほとんどって貴族のはずだけど、こんな品のない人間もいるのか。
男性騎士は続けた。
「大団長は女には甘いからさ、俺たちがお前を鍛えてあげてるんだ。感謝しろよ」
「はい……ありがとうございます」
「まったく、お前といい、ランジェリカといい、なんで大団長はこうも女に優しいかねぇ。やっぱり、"あの件"の影響してるのか?」
ランジェリカさん?
なんで彼女の名前がここで出るんだ?
それに"あの件"って一体なんの話をしているのか。
「それをここで言っては……」
「おいおい、お前ごときが俺に指図するなよ」
「も、申し訳ありません」
「ようやく、あの生意気な"汚いランジェリカ"がいなくなったと思ったら、まだ生意気なやつがいるなんてなぁ」
僕はそれを聞いた瞬間、走り出していた。
もちろん向かう先は目の前の男性騎士だ。
「な、なんだ、ぐはぁぁぁ!!」
僕の全ステータス数値を詰め込んだ渾身の右ストレートは男性騎士の頬を捉える。
メキメキという生々しい音が響き、拳を振り抜くと同時に騎士は数メートル吹き飛んだ。
やってしまった。
口より先に手が出るという、僕らしからぬ行為だった。
だけど自分の婚約者を馬鹿にされて黙っていられる人間などいるだろうか?
「これが若さか……」
殴った本人が言うセリフではないのは百も承知。
だが、この程度で終わってはいけない……そんな気がする。
こんなことをしている時間はないのだが、僕は完全にキレていた。
僕は歩き出す。
止める者はいない。
ディアナもマルタさんも恐らく唖然として見ている。
すると倒れた騎士の先、誰かがこちらへ向かって歩いてきた。
凄まじい圧を感じる。
この世界に来て、ここまで体が硬直したのはイヴと初めて出会った時以来だ。
「騒がしいな。そこで何をしている?」
低い声。
短く切り整えられた白髪と白髭。
威厳に満ちた顔つきは歴戦の老兵のよう。
背が高くて、かなりの筋肉質。
白い軍服のような服装だが、それが、はち切れそうなほどの体格だ。
マッスルボムことエイジさんもすごい筋肉だったが、それに匹敵するんじゃないだろうか?
もう、すでに僕の直感が告げていた。
"この男と関わってはならない"と。
白髪白髭の軍服の男は突き刺すような鋭い眼光を倒れた男性騎士に向けた。
その時、僕の背後で震える声がする。
「白狼……"ガルサス・ロードギア"」
ディアナの声だ。
まさか……この人物がアーバスラム地方最強と言われる【西の白狼】!?
そう思った時。
白狼ガルサスは目を見開き、僕らに視線を移す。
その瞬間、彼を中心として強力な風圧が起こり、轟音と共に僕はディアナ、マルタさんと一緒に一瞬で砦の門の外へと吹き飛ばされる。
何度も砂漠を転がり、ようやく止まったのは砦から数メートル離れた場所だった。
「な、なんだ……今の……」
体にかなりのダメージがある。
これはスキルなのか?
いや、【白狼】のスキルは"人に殺されない"という超チートスキルのはず。
勇者候補は一つしかスキルを持てないから、今のがスキルであるはずがない。
白狼ガルサスは砦の門を抜けて、ゆっくりとこちらへと歩いて向かってきた。
一歩、一歩と進む度に"白い雷撃"が砂の大地を抉るように迸る。
確実なる死が近づく。
僕はそんな絶望的な感覚に襲われた。




