未来の夫婦が考える、ファミリーネーム
会議室、長テーブルの上座はちょうど窓の前にあって、そこには僕が日の光を背に浴びながら座っている。
その背後にはセシルが立つ。
ランジェリカさんは僕のすぐ右向かいの席に座っていた。
後ろには従者のサラさんが緊張の面持ちで立っている。
以前とは打って変わって随分と近づいた。
そりゃ婚約者ということになったわけだから、当然といえば当然なのか。
でも、親密になったかどうかと言われたら、まだまだだと思う。
やはり、どう見ても僕の顔色を伺っているように感じる。
僕から拒絶されることを極端に恐れているようだ。
そんな様々なことを思考していると、後ろのセシルが口を開く。
「ということで、三日後に出発を致します」
マズイ、聞き逃した。
話が完結している。
「え、えーと、つまり……」
「つまり?」
「"それ"って大丈夫かなぁって思ってさ」
無理やり話を聞き出す戦法。
実際、"それ"については自分でもなんだかわかってはない。
ただ、聞き逃したということを知られたくはないという無駄なプライドだ。
「さすがシオン様、この私の考えが浅はかでありました……申し訳ございません」
なんとか話が進み始めたぞ。
しかし、この流れは大丈夫なのか!?
「何の考えも無しに"荒野の迷宮"を進むわけには行きませんからね」
荒野の迷宮?
そんな話をしていたの?
それって何?
あ、"それ"って"それ"のこと?
ランジェリカさんの方を見ると、何かに納得したように頷いている。
「こちらの編成を強化して向かいましょう。相手は"賢者"と言われるほどの相手ですから」
「理由はわかりませんが、私の祖父の代から支えていると聞いてます。この"迷宮"を作り出してから数十年、中央への魔物の侵攻は一度も無い」
えーと、ここまでの話の流れで推測するに、ランジェリカさんの実家がある東部中央の町に行くには"荒野の迷宮"という場所を通らなければならない。
だけど、それを作り出した賢者というのが厄介な人物……ということかな。
「私の権限で通れればいいのですが……彼が支えているのはあくまでリリー家なので」
「もしかして戦うことになりそう?」
「可能性はあります。セシル様が御同行なさるというのであればなおさら」
なるほどセシルは来るんだね。
……あれ?この町の防衛がなんちゃらって話はどうなったんだろうか。
でも、セシルが来ないと上手く事を進めることができなさそうだから助かる。
「セシルさんでも苦戦する相手なの?」
「先ほども言いましたが、相手の姿が見えなければ、この私といえども対応は難しいです」
終わってた話だった。
小難しいからって会議の内容をしっかり聞いてないのはリーダーとして失格だよなぁ。
「じゃあ、セシルさんはもう一度、パーティー編成をお願いします」
「承知致しました」
「どれくらい掛かりそう?」
「三日後の出発には必ず間に合わせます」
「さすがセシルさん!期待してるよ!」
「このセシル、必ずやお役に立ってみせます」
セシルは仕事熱心だから、期待をかけられると士気が上がるタイプなんだよね。
声から、すごく高揚感が伝わってくるぞ。
一方、ランジェリカさんの表情は何故か暗い。
「ランジェリカさん、どうしたの?」
「え……ええ、屋敷に帰るのは久しぶりなもので……少々、緊張しております」
そういえば"敵が多すぎる"なんて言ってたな。
彼女にとっては、実家でありながら敵陣なんだ。
「大丈夫だよ。僕とセシルさんがいるから安心して」
僕の言葉にランジェリカさんは少しだけ笑顔になる。
「有難きお言葉……妻となった時には誠心誠意、尽くしてまいります」
「そんなに畏まらなくても……」
「いえ、もはや私の命はシオン様のものですので」
異世界のお嫁さんって夫に対してみんなこういう態度なの?
それとも従属スキルの影響?
悪い気はしないけど話しづらさは感じる。
もしかして、"俺についてこい!"くらいの亭主関白な感じでいいのかな。
……いやぁ、僕にはできなさそうだ。
「そういえば主人様、あの件は考えて頂けましたか?」
と、突然、セシルが言った。
「あの件?」
「はい。"ファミリーネームの件"です」
「あー、あれか、すっかり忘れてた」
辺境の村育ちの僕には苗字なんてものはない。
考えるって言っても、なかなか思い浮かばないぞ。
「そうだと思いまして、このセシルが考えておきました」
「おお!」
「どうやら噂では、主人様は冒険者の間で"黒雷"という二つ名で呼ばれているようです」
「え、初耳なんだけど」
"黒雷"って一体どこからきたんだ?
個人的には炎系な気がしてたけど。
「そこで考えたファミリーネームは……」
「ゴクリ」
「"ブラックサンダー"というのはどうでしょう?」
おいやめろ、某お菓子メーカーから訴えられるぞ。
セシルって頭はいいけどネーミングセンスは壊滅的だな。
「それはちょっと……」
「そ、そんな……一生懸命考えたのに……」
ランジェリカさんの名前にもなるってことだからね。
セシルには悪いけど却下で。
「では……」
静かに手を上げたのはランジェリカさん。
何かいい案があるのかな?
「シオン様は【黒竜の紋章】をお待ちですので、それに近いものなどいかがでしょうか?」
「なるほど……それで?」
いいかもしれない。
できたら凄くかっこいいやつ。
「"黒竜の騎士"という意味でブラック……ドラグーンとか……」
めっちゃ厨二病。
でも、それがいい。
だってカッコいいから。
「私のものと、さほど変わらないでしょう」
セシルが騒ぎ出したぞ。
"ブラックサンダー"で食い下がられても困るんだけど。
「じゃあ、"ブラックドラグーン"で」
「ひ、ひどい!」
セシルが取り乱し始めたけど、そもそも僕とランジェリカさんの婚姻のための苗字なんだからさ。
このままランジェリカさんの考えたファミリーネームが正式採用で。
こうして僕の異世界での名前は、
"シオン・ブラックドラグーン"となった。
そして同時に、先ほど上がったはずのセシルの士気は光の速さでダダ下がりした。




