本音で語り合うのはデートの後で(1)
ランジェリカさんとの結婚の話があった次の日。
僕はいつも通り中央広場にいた。
もうすっかり修復されたベンチに座って、未だに壊れたアヴァロ魔鉱石をボーと眺める。
空は雲ひとつない快晴の昼下がり。
住民たち(ほとんど若い女性)は僕を見ると、少しだけ頭を下げて通り過ぎていく。
救出任務の成功、移民たちが僕の噂を町に広げてくれたのだ。
"空から降って来て、たった1人で一瞬のうちに魔物の群れを灰にした勇者候補"
そんなのを情感込めて語られたら、みんなの見る目は変わるに決まっている。
もう僕を蔑むような人間はここにはいない。
それは冒険者を含めてだ。
「もしかして、これってセシルさんの計画だったりするのかな?」
彼女がどこまで思慮を巡らしているのか不明なのが怖いが、それが誰かを助けるためなのであれば構わない。
でも、今回の件は……
そう思った時、
『主人様』
声をかけられた。
全身、漆黒の鎧に身を包んだイヴ・ガルハートだ。
「イヴさん……」
そういえばしばらく話してなかった。
僕は立ち上がって彼女の前に立つ。
「イヴさん、ごめんなさい。僕は……」
『主人様、ご活躍、見事でございました』
「う、うん」
『先日のことでしたら、お気になさらずに』
「そんなわけにはいかないよ。イヴさんには迷惑掛けたし、忙しいのに料理まで作ってもらっちゃってさ」
『主人様のためならば、あれくらい当然でございます』
「もしかして毎日、作ってくれてたの?」
『はい……もしや、お口に合いませんでしたか?』
イヴが焦ったような口調で言った。
それに対して僕は首を振る。
「ううん。とっても美味しかったよ」
この言葉を聞いたイヴは胸に手を当てて安堵した様子を見せる。
本当は味を感じるほどの精神状態には無かった。
だけどイヴを悲しませたくない。
今度、ちゃんと味わって食べないとな。
「イヴさん、何か欲しいものある?」
『欲しいもの……でございますか?』
「うん。町の復興とか、料理とか、他にもいっぱい頑張ってくれてるからさ。欲しいものがあればあげたいと思って」
『私は……』
「なになに?」
『もし、よろしければ……今晩……』
イヴが言いかけた時、彼女の背後で声がした。
「あの、失礼」
長い黒髪で青い学生服のような服装の若い女性。
その後ろには白いローブを着た女性もいた。
「あれ、ランジェリカさん、サラさん」
『……』
「今、お時間よろしいですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
僕が答えると、ランジェリカさんはイヴをチラチラと見ていた。
多分、なるべく誰もいないとろで話がしたいのだろう。
「ランジェリカさん、町を案内しますよ」
「え?」
「復興のアドバイスなどもらえると嬉しいので」
「は、はい……」
「イヴさん、何か欲しいもの考えておいてね!」
『あ、主人様、私は……』
僕はランジェリカさんと従者のサラさんと一緒に、その場を後にした。
_______________
ランジェリカさんと町の中を並んで歩く。
後ろにはサラさんがついてきている。
それにしても話とは何だろうか?
もしかして、やっぱり町を出るというのだろうか。
「何かあったんですか?」
「え、ええ……もし、昨日の件でご気分を害されたのであれば謝罪をと思いまして」
「どういうことです?」
「いえ、その、もし私や従者のサラの言動に失礼があったのなら謝りたいと」
妙な感覚だった。
ランジェリカさんは伯爵令嬢。
従者のサラさんだってどこかのお嬢様だと思う。
一方、僕は辺境の村出身の平民で、彼女たちほどの家柄の人とは話す立場にすらない。
だけどセシルが言った通り、今は立場が完全に逆転しているようだ。
ランジェリカさんの言動は僕のご機嫌を取りたいように見えた。
「僕は大丈夫ですよ。逆に僕の部下が失礼なことを言ってしまって申し訳ないです」
「え……?」
「ランジェリカさんの気持ちを考えずに結婚の話なんて。失礼でしたよね」
「いえ……私は……」
「昨日の話は忘れて下さい。別にリリー家を攻めるような真似はしませんから」
そう言うとランジェリカさんは立ち止まった。
その表情は困惑した様子に見える。
「あなたは……あなたの目的は何なのですか?」
「僕の目的?」
「普通であれば私と結婚して権力を手に入れようとする。あなたにはそれができるほどの力があるのに、なぜこの話を無かったことにするのか……」
「ランジェリカさんが悲しそうだからです」
「私?」
「はい。ランジェリカさんが幸せにならないのであれば、僕は結婚したくはないので」
「意味がわからないのですが……」
「僕が望むのは別に権力でも東部でもない。ランジェリカさんの幸せですから」
「私の幸せなんて、あなたには無関係なのでは?会って間もないのに……」
恐らく僕の考えが理解できないのだろう。
それは人のものを平気で奪ったり、奪われたりするような権力がものを言う世界で生きてきたゆえなのか。
「幸せを願うことに、会ってからの期間なんて関係あるんでしょうか?」
「それは……」
「じゃあ、ちょっと町を見てまわりましょうか。案内しますよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
ランジェリカさんもサラさん、この2人には町を見せた方が早いかもしれない。
本音で語り合うなら、その後でも遅くはないだろう。




