伯爵令嬢は策謀舞踏会で踊る
ギルドの会議室。
現在、この部屋には2人いる。
長テーブルの中央、上座に僕。
後ろには深くフードを被って頭を覆ったセシルがいた。
そんな中、一度はやってみたかったメガネをかけての某ロボアニメの司令官ポーズをしながら僕は"ある人"を待った。
しばらくするとコンコンとドアをノックする音。
「ヤバい、もう来た。セシルさん、これありがとう」
「どういたしまして」
僕はセシルにメガネを渡して、すぐに返事をする。
「はい!どうぞ!」
「失礼いたします」
入ってきたのは長い黒髪の美しい女性、ランジェリカさんだ。
青のジャケットにワイシャツとネクタイ、もも丈のスカートでブラウンのブーツを履く。
もう1人、白いぴっちりめのローブを着た女性も後に続いて入ってきた。
ランジェリカさんの従者のサラさん。
「どうぞ、座って下さい」
ランジェリカさんは入ってすぐの椅子をサラさんに引いてもらって座った。
昨日とは打って変わって警戒心を感じる。
「昨日は助けて頂き、感謝しております」
「いえいえ、みなさん無事で何よりでした」
「それで……お話があると伺って来たのですが」
会議室の緊張感が増した。
まさか本当にあの話をするのか?
僕の口からは到底、言えるようなことでは……。
躊躇して間ができる。
ランジェリカさん、サラさんが目を細めたと同時に僕の後方に立つセシルが口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。我が主人であるシオン様の妻となりなさい。悪い話ではないはずです」
ああ、言ってしまった。
絶対に怒られるぞ。
……だけどランジェリカさんは少し驚いた表情をしただけで何も言わず。
真っ先に声を荒げたのは従者のサラさんだった。
「な、な、なにを……貴様、ふざけるな!!」
「ふざけてなどいませんが」
「一度の恩だけで、いい気になるなよ!この方を誰だと思ってるのだ!この東部を統べる伯爵家の令嬢、ランジェリカ様だぞ!」
「それはもちろん知ってますとも。"いつも縁談が破談になるランジェリカ・リリーさま"」
セシルが少し小馬鹿にした口調で言った。
そういえば僕と初めて会った時も従者が「また縁談が破談になります」と叫んでいた気がする。
これを聞いたサラさんは顔を引き攣らせていた。
「な、なぜそれを……」
「だって、この北西では有名ですからね。伯爵令嬢のランジェリカ・リリーの噂は」
「貴様、どこまで知ってる……?」
「ランジェリカさまは結婚できなければリリー家から追い出される。かわりに後継者は"弟"になり、母親ともども東部を統べることになるのですよね?おおかた母親が策謀をめぐらせて彼女の信用を失墜させているといったところでしょう」
「お前は何者なんだ!?」
サラさんが言うとセシルは深く被ったフードを外す。
露わになったのは、もちろん青髪ポニーテールに"黒い角"だ。
それを見たランジェリカさんとサラさんは驚愕の表情を浮かべる。
「魔神!?」
「"青髪"の魔神……」
青髪の魔神?
ランジェリカさん、なんで"青髪"を強調したんだ?
「シオン様は【黒竜の紋章者】であられる。実力はもうご覧になられたでしょう。さらに魔物の最高位である魔神の我らも仕える存在」
「我ら?まさか……一人だけじゃないのか?」
「ええ。もう一人いますよ」
サラさんは気が抜けたように言葉を失う。
そりゃそうだ、勇者候補同士が協力し合っても倒せないと言われる魔神を2人も連れて歩いてるんだから。
「貴方は何か勘違いされているようなのでハッキリと言いますが、立場が逆なのですよ。我が主人は寛大なお心で『妻として迎えてやる』と言っているのです」
いや、そこまでは言ってない。
僕がこんな清楚系美人女子とお付き合い通り越して結婚だなんて考えられないですし。
「別にここで帰られるなら、帰って結構ですよ。それなら武力行使に切り替えて東部を獲るだけですから」
凄まじい脅し文句が炸裂した。
もう2人とも意気消沈といった状態を見て、僕は居た堪れない気持ちになる。
少し間があってからランジェリカさんが静かに椅子から立ち上がった。
「あなた方の目的は何なのですか……?」
ランジェリカさんは机に目を落としたまま言った。
「我らの当面の目的は北西を手に入れること。つまりシオン様を"北西の覇者"にすることです」
「なんだと……そんなことをしたら他方の貴族は黙ってはいまい」
「ならば戦うまで」
「……」
「もし、ランジェリカさまが"黒竜の子"を孕めば状況は劇的に変わる。リリー家は無くなりますが、この東部だけでなく北西地方において絶大な力を持つことになるのです。よくお考えを」
深いため息が会議室を覆う。
「いや、考えるまでもない」
「ランジェリカ様……」
サラさんの顔がパッと明るくなった。
多分、ランジェリカさんはここでキッパリと断りを入れて町を去る。
あまり頭の良くない僕にだって、これくらい先の展開は手に取るようにわかるさ。
"伯爵令嬢"が"平民"と結婚なんてありえないからね。
ランジェリカさんは僕へと真剣な眼差しを向けた。
それは決意と悲壮が入り混じったような表情。
「……この度の申し出、是非お受けしたい」
「え?」
「え?」
僕とサラさんの声が重なった。
まさかの展開すぎる。
「ランジェリカ様!そんなことをしたら、この者たちにリリー家を潰されます!」
「どちらにせよ、ラジェクスが後を継げばリリー家は終わり。どうせ潰れるなら、いっそのこと私ごと潰れてもらう」
「ですが、ランジェリカ様の後ろ盾は……」
「わかってるさ。だけど、あの方が言ったんだ、『全てを忘れて自由に生きるのも道だ』と。ならば最後くらい好き勝手にやらせてもらう」
ランジェリカさんの言葉にサラさんは震えながら黙った。
「サラにも迷惑を掛けるな」
「いえ……私は……ランジェリカ様をお守りできればそれだけで……」
涙を浮かべるサラさん。
ランジェリカさんにはもう後がない、そんな印象だった。
そこにセシルが無感情に口を開く。
「では、決まりということで」
決まり……果たしてそれでいいのか?
いや、いいわけがない。
これは僕が求めている"ラブ&ピース"でなはい。
「あのぉ、少しいいですか?」
「なんでしょうか、主人様」
「この結婚のお話、ちょっと考えさせて下さい」
僕の発言に会議室は静まった。
恐らくセシルは僕の考えを読んでいるに違いない。
ランジェリカさんたちはゴクリと息を呑んだのがわかる。
彼女たちは僕と同じで、この先の展開を読めずにいて不安なのだろう。




