霧の中、そのランジェリーは闇を照らす
この夢はとても霧が濃い。
僕は……いえ、"私"は黒を基調とした廊下を歩いて彼の書斎へと向かう。
ノイズが走る。
途中の記憶はほとんどない。
書斎へと入る扉を開けた記憶もない。
ただ、その書斎に私はすでにいた。
一言で彼の書斎を表すのであれば"闇"だろう。
全ての色を飲み込むほどの闇。
真っ黒な壁、真っ黒な机、真っ黒な本棚。
机に着く、細身の彼もそう。
真っ黒な長い髪に真っ黒な角、真っ黒なスーツ姿。
唯一、黒くないのは血色の悪い肌だけだろう。
「君にはアーバスラム地方へ行ってもらいたい」
本を読みながら顔色ひとつ変えずに言った。
第二総魔将"ダレンツォ・ダーク・グリトニアス"
我が軍の全権を握る、魔神最強の男。
「なぜでしょう?私の担当はリガンドロ地方ですが」
「大陸の南東は私が一人で見る。それよりも、少し気になることがあるから北西に行ってほしいのだ」
ダレンツォはずっと手に持った書物に目を落としている。
「何が気になると?アーバスラムには三人も魔神がおりますが」
「その一人が妙な動きをしている」
「誰です?」
「ルザルグ・アンゾルゲだ」
私はわざとらしく眼鏡を上げつつ、眉を顰めて見せた。
だけど彼は私に対して視線を向けることはない。
「あの男が妙なのは元からでしょう。何の考えもなく、ただ欲望だけのために人間を蹂躙する」
「そう。あの男は欲望で動く……が、最近は違う」
「どう言う意味でしょうか?」
「自らは身を隠して町を支配し、そこに住む人間を使って魔物や魔獣を量産している」
「とても戦略的ですね」
「解せぬだろ?」
要はルザルグのことを馬鹿だと言いたいのだ。
あの男にはそんなことを考える頭はない。
「恐らく入れ知恵している者がいる。それは魔神ではない。イヴやディアナは奴のことを酷く嫌っているからな」
「では……まさか人間?」
「それしか考えられない。だから"使い魔"を飛ばして調べた。するとアーバスラムの南にいる、ある男に辿り着いた」
「誰です?」
「勇者候補だ」
勇者候補?
我ら魔王軍の天敵とも言うべき勇者候補が魔神と手を組み、魔物と魔獣を増やしているとは考えづらいが……。
「何かの間違いでは?」
「私もそう思うが、もしルザルグが勇者候補と繋がっていたとするなら、その勇者候補の目的が知りたい」
「使い魔を飛ばしたのなら、ある程度であれば情報を掴めたのでは?」
「私の使い魔は早々に、その勇者候補に倒された」
「そんな馬鹿な……」
ダレンツォの"使い魔"は魔獣を超える強さを持ち、さらに隠密行動を得意としている。
私でも苦戦を強いられるのではないだろうか。
それを即座に倒すとなれば、かなりの実力者。
危険人物と言ってもいい。
「アーバスラムには"北の刻剣"と"西の白狼"がいる。さらに南にも厄介な人間が現れたとなれば、早めに情報を手に入れて処理せねばなるまい」
「わかりました」
「この勇者候補はかなり頭がキレる。あの傲慢な男に芸を仕込むのだからな。ルザルグを調べる方がいいだろう。ヤツが管理している町で情報を集めるのだ。もちろん気づかれずに」
私は胸に手を当てて頭を下げた。
正直、気乗りはしないが、この男には逆らえない。
「ああ、それと君は一体、何のためにそんなことをしている?」
「何がです?」
「そのローブの中に身につけてる"モノ"だ」
「……」
「誰に見せるわけでもないのに、そんなものをつけて何になる?」
ダレンツォは書籍に視線を落としているが、その目が"金色"に輝いているのが見えた。
……"見透かしの魔眼"。
体、スキル、ステータス数値を見通すという非常に下品なスキルだ。
「君が持っている願望は察しがつく。自ら脱ぐわけにもいかない、なら誰かに身包みを剥がしてもらって本当の自分を知ってほしいのだと……しかし君は強い。そんなことができる者はいないし、そもそも君にそんなことをしようと思う者もいない」
「私はそんなことを思っては……」
「なら、なぜそんなものを身につけるのだ?合理的に考えれば誰かに無理やりにでも服を脱がされて下着を見てもらいたいということになるだろう」
「……私はこれで失礼します」
「答えぬということは、そういうことか。まぁいい、期待しているよ」
書斎を出る時でもダレンツォは私の事を見ることさえしない。
感情のやり場がなかった。
私が抱く願望はそんな卑猥なものではない。
知った口を聞くな。
ただ私は……"僕"は自分自身に常にある、闇の感情を揺さぶりたいだけ。
でないと心の無い魔物と一緒じゃないか。
だから、作り、選んで、身につけるのだ……。
_______________
目が覚めるとベッドの上だった。
頭にとても柔らかい感触がある。
誰かの膝枕のようだ。
見ると青髪ポニーテールで眼鏡をかけた黒いローブの女性が僕の顔を無表情で見ていた。
「お目覚めですか?」
「セシルさん……僕はどれくらい寝てた?」
「数時間ほどだと思いますが」
「それだけ……?」
イヴの時は一週間は寝ていたようだから、前回に比べて起きるのが格段に早くなってる。
「だけど、その間、ずっと膝枕を?」
「はい」
「ありがとう。セシルさんは優しいね」
「い、いえ……私は……」
セシルは顔を赤らめて視線を逸らす。
ああ、もしかして、そういうことか……。
「いつも思うけどセシルさんの下着、デザインが可愛いよね。すごく似合ってるよ」
「へ?」
セシルの声が裏返った。
いつも冷静沈着な彼女からは初めて聞く声だ。
「もし、この町が復興できたら、セシルさんにランジェリーショップを開いてもらおうかな」
「それは……もしや、下着の店……ということでしょうか?」
「そうそう。ルザルグ事件のせいで町全体が暗いからさ、みんな可愛いものを選んで身につけられたらテンション上がると思って」
この町には女性が多い。
というか住民のほとんどが若い女性だ。
ルザルグの支配は終わったが、住民にとっては2度目とも言える支配。
僕は支配しているつもりはないけど結果的にはそうなっていて、そのせいで住民の顔は暗い。
「私が、お店の経営を……できるでしょうか?」
「うん。セシルさんなら大丈夫」
「は、はい……」
「みんな絶対、喜ぶと思うよ。それに住民の笑顔を見たらセシルさんも嬉しいだろうし」
「私が……嬉しい?」
「うん。自分が作ったものを身につけてもらって住民たちが明るくなるのを見たら嬉しくなっちゃうと思うな。だから自分のためにも、お店やってみたらいいと思うよ」
「ご命令とあらば」
セシルの表情は困惑しているように見えた。
だけど、その中にも高揚を感じる。
きっと彼女の下着が可愛いのは自分のテンションを上げるため。
そして、仕事に執着するのは成功を褒めてもらって心を豊かにしたいから。
多分、セシルは感受性が強いというよりも感情の起伏がとても乏しくて、そんな自分に危機感を覚えているんだ。
それなら仕事と趣味を同時にやったらいい。
もちろん町の防衛とかには従事してもらうけど、趣味を仕事にできれば毎日が楽しいと思う。
なによりセシルのランジェリーショップの開店はエヌス・ヤタ復興の希望になるに違いない。




