恐怖、そして絶望の中で
洞窟内はイヴ・ガルハートと呼ばれた魔神によって異常な温度上昇をしていく。
彼女の纏う"漆黒の鎧"は、そこから発せられる熱によってワインレッドへと色を変えた。
一歩一歩、進むごとに地面から蒸気が上がる。
しかし、その威圧的な高熱を向けられていても数メートルほど離れている猛獣化した魔神リザルグは余裕の表情だった。
「そんな顔をしていられるのも今のうちだ」
言ってイヴは一度、立ち止まると手のひらをリザルグへと向けて開く。
手のひらは黒紫色のオーラに染まり、体が赤いオーラで包まれた。
すると地面が揺れ、這い出してきたのは見覚えのあるものだった。
「死兵・重戦士」
アンデッドの巨兵だ。
灰色の鎧と手には斧、そして大楯。
兜の中の顔はやはり"骸骨"のようだ。
それを見たリザルグは鼻で笑う。
このアンデッド兵を見て余裕でいられるのか……いや、ただの強がりかもしれない。
しかし、その考えは瞬時にして崩れ去る。
アンデッドの巨兵が斧を横に振りかぶりながら突進した。
しかし、"ズドン"!という轟音が洞窟内に響き渡ると同時にアンデッドの巨兵は瞬く間に灰になって消えた。
猛獣化したリザルグは、ただアンデッドの巨兵のボディに拳を放っただけ。
たったそれだけで魔獣グレイト・グリズリーと善戦したアンデッド兵を一撃で葬ってしまったのだ。
「こんな子供騙しのおもちゃでオレを倒せるとでも?」
「ならば……死兵・歩兵部隊!」
彼女の呼びかけに応えるように地面から数百ものアンデッド兵が出現してリザルグを取り囲む。
しかし……、
「無駄だ!!」
ルザルグは両腕を地面に叩きつける。
大地に亀裂が入り、大きくクレーターができるほどの衝撃によってアンデッド兵たちの全てが灰になった。
「やはりオレの相手ではない。なぜ、お前が第三なのか不思議だよ」
言いつつ、リザルグは両手のひらを合わせて擦り合わせる仕草をした。
「もう、これで終わりだ。『土盾』」
茶色の粒子がイヴの周囲に広がる。
その瞬間、彼女を覆い隠すように土のドームができる。
それは完全なる密閉空間だった。
「これで、お得意の"地を這う熱線"も使えんだろ。お前の武力でも魔法でも、この土の盾は壊せん」
もしリザルグの言ったことが事実であればイヴの敗北だ。
そして、その先にあるものは……、
「さてと、お楽しみはこれからだ」
リザルグの視線はわたしに向いた。
その眼光による凄まじい圧に後退りするのが限界だった。
「実に小さいな。こんなに小さいと、ちょっと遊んだだけで壊れてしまいそうだ」
ゆっくりと歩み寄る恐怖、絶望。
イヴが閉じ込められた土のドームを通り過ぎ、リザルグはわたしの目の前まで迫る。
「さぁ、服を全部脱ぎ捨てて、こっちにケツを向けて振ってみせろ。可愛くできたら、ご褒美をやるよ」
「は、はい……」
それしか言葉が出なかった。
助かりたかったのだ。
もしエリシアさんのように体を雑に扱われれば、わたしは十秒も持たずに死ぬだろう。
そうならないように、心を込めてお尻を……ケツを振らなければならない。
そう思った瞬間、わたしの下半身から尿が自然に垂れた。
「ほう。もう嬉しくて漏らしているのか。お前にはペットの才能があるようだ」
気に入られたことに少し安堵した。
多分、エリシアさんも同じ気持ちだったのだ。
恐らく彼女も恐怖と絶望の中で、命を繋ぐために魔物に屈した人間の1人。
だけど……これから先、わたしや町の住人は、この魔物のペットとして永遠に生きていかなければならないのだろうか?
ああ、お兄様、申し訳ありません。
わたしは白いサソリに辿り着けそうにないです。
そう、わたしが諦めかけた時、
リザルグが作り出した土のドームが轟音と共に破壊され、天を貫くほどの炎柱が渦を巻く。
真っ赤な光が洞窟内をこれ以上ないほどに照らし出した。
その炎の竜巻を振り払ったのは間違いなく魔神イヴ・ガルハート。
彼女が着ていた漆黒の鎧は胸元から股関節のあたりまで開放され、白い肌と黒いビキニを晒していた。
腕と脚にだけ黒く禍々しい形のアーマーが装着され、首元に真っ赤に燃え盛るマフラー、さらに大きく広げられた美しい黒鉄の翼。
空中には無数の"炎の羽"が舞う。
「"狂炎の鎧"・モード『深紅之翼』」
振り向くリザルグは唖然とした表情で黙った。
イヴから放たれる殺気は完全にリザルグを捉えていたのだ。




