頭文字N・開幕!街道バトル
僕が気を失っていた一週間。
そのせいで滞在時間が伸びて、イヴの従属時間が30日以内に迫ろうとしていた。
わずかな間とはいえ魔族から見て下衆な人間風情に仕えていたとなれば、イヴの性格なら僕は"ぶち殺される"のは目に見えている。
どうにか従属時間を伸ばす方法か、イヴの記憶を消したり、改変したりする……そんな都合のいいスキルを持っている人間に出会いたいけど。
まぁ、とにかく次の町に行って対策を探さなければならない。
「移動となると、やっぱり荷馬車かな」
目的地は"エヌス・ヤタ"という町。
この町は噂によるとアヴァロ魔鉱石の転移の石碑が壊れているらしい。
魔除けの効果もある転移の石碑はイヴへのダメージにも繋がるため、無い方が好都合だ。
宿を出る時、僕は店主に荷馬車での移動を頼める人がいないかどうか尋ねた。
店主は頭を掻きながら答える。
「いやぁ……いるにはいるんだがなぁ」
「何か問題でも?」
「二人いるんだよ。どっちに頼むかなんだが……」
「よかった。二人もいるなら、すぐにでも出発できそうです」
「そう簡単にいくとは思えんけどな」
「どういうことですか?」
店主はため息混じりに荷馬車を手配してくれたのだが……。
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雲も流れて雨もすっかり上がった。
太陽の光が濡れた大地を乾かしている。
昼頃、僕はちょうど村の出口にいた。
後ろには全身、漆黒の鎧を纏ったイヴが立つ。
「な、なんで二人もいるの?」
待ち構えてる"2人の男"と"2つの荷馬車"。
宿屋の店主に手配してもらったのは1人のはずだ。
2人は腕を組んで睨み合っている。
「客は俺が乗せるんだ。邪魔しないでもらおう」
「いいや、俺が乗せる。お呼びじゃ無いんだよ、おっさん」
それは見るからに対極的な2人。
1人はスキンヘッドで少し無精髭を生やした筋肉質の中年男性。
もう1人は黒髪にヒョロリとした体格の若年男性だった。
どちらも眼光が鋭く、今もなお睨み合っている。
「あ、あのぉ……」
僕は立ち入りづらい雰囲気の中、勇気を出して声をかけた。
「おう、ボウズ、俺のに乗りな。スピードならこっちさ」
と言ったのはスキンヘッドの筋肉質の中年男性。
「嘘はよくない。断然、俺の方が速いだろ」
と言ったのは黒髪のヒョロリ若年男性。
決定権は僕にあるみたいだけど、どっちを選んでも断った方に申し訳ない気がした。
『シオン様、どうされますか?』
「ど、どうって言われても……一応、自己紹介してもらおうかな。それで速そうな方を選ぶとか」
『それはとても素晴らしい案でございますね』
イヴが言うと、男2人が顔を見合わせる。
そして頷き合うと1人が前に出た。
スキンヘッドで筋肉質の中年男性だ。
「俺の名はジェイルだ。"ジェイル・ステイサム"」
「まずいな、もう速そうだぞ」
「仕事は建築。家を建てたり、修繕をおこなってる」
「なるほど……」
多分、この人は荷物を運ばせたら右に出るものはいないってくらいのスピードで確実に届ける。
そして実は建築家というのは仮の姿、本当は元特殊部隊の傭兵で消耗品なのだ。
なにより、その声の渋さから、もうあのステイサムにしか見えない。
ジェイルが終わると次は黒髪のヒョロリ若年男性が前に出た。
「俺は"タクミウス・マンフィールド"」
「これまた、名前が速いぞ」
「仕事は……」
「いや、大体わかるから大丈夫です」
「え?」
多分、この人は直線は弱いけどカーブになると途端に力を発揮する、峠では下り最速の走り屋。
ちなみに仕事は豆腐屋だろう。
声は落ち着いていているがハッキリしていた。
目を閉じると某ロボットアニメの主人公に聞こえなくもないが、むしろ同アニメの狙い撃つ方だと思うとしっくりくる。
「迷うなぁ……これ」
僕は頭を抱えた。
どっちも絶対に速い。
ただ違いは国籍だけだ(元いた世界の話だが)
そこにジェイルがダメ押しにアピールをしてくる。
「俺のNMW735は誰にも負けん。後悔はさせないぞ」
それを聞いたタクミウスも負けじとアピールを始めた。
「俺のN86の方が断然、速い。保証しよう」
僕はさらに頭を抱える。
頭文字の"N"ってもしかして荷馬車の"N"?
とにかく設定が渋滞を起こしまくってる。
これで無事に目的地まで走り抜けられるのか!?
いやいや、こんなくだらないことを考えてる場合では……、
すると後ろから女性の声がする。
少女のような可愛い声だ。
「あの、すいません。もしかして荷馬車って余ってます?」
僕が振り向くと、そこにいたのは見覚えのある女の子だった。
短い黒髪を後ろで結っていて、かんざしが差してある。
上には紫色の着物、その帯下はミニスカートのようになっていて細い脚が素肌をさらしている。
「あ、ファリスちゃん」
「げっ!?なんであんたがここにいるのよ!!」
「久しぶりだね!」
「え、ええ……」
ファリスちゃんはすぐに僕から目を背けた。
何かを警戒しているようだ。
『シオン様、この小娘は誰ですか?』
「この子はファリスちゃん。僕の友達だよ」
「友達じゃねぇよ!!」
そう叫んだ瞬間、突然ファリスちゃんはお腹を押さえた。
これはもしかして"アレ"なのか……?
「ちょ、ちょっと、そこで待ってて!」
そう言ってファリスちゃんは太ももを擦り合わせながら去っていった。
『なんだ、あの小娘は……無礼な』
「いいんだよ。ファリスちゃんは口は悪いけど、とっても清らかな心の持ち主なんだ。イヴさんも仲良くしてあげて」
『シオン様がそう仰るのであれば』
「ありがとう」
少しするとファリスちゃんは戻ってきた。
なぜか少し顔が赤い気がするけど大丈夫だろうか?
「それで、あんたら、どこまで行くのよ?」
「僕たちは"エヌス・ヤタ"まで行くんだ」
「なんで、わたしと目的地まで一緒なのよ!」
「そんなこと言われても……」
僕らの会話を聞いていた荷馬車乗りの2人がここでようやく口を開いた。
「嫌なら別々で向かったらどうだ?」
「そうだな。ここには二台の荷馬車と二人の荷馬車乗りがいるわけだからな」
そう言って2人は横目で睨み合う。
ああ、これはもしかしたら始まっちゃうかもしれないね。
するとファリスちゃんはそそくさとタクミウスの荷馬車へ向かい乗り込む。
「お願い、早く行って!」
「了解した!」
タクミウスも荷馬車に乗り込み、馬の手綱を握った。
「おい、タクミウス!汚ねぇぞ!」
「こちらのレディは俺の荷馬車を選んだんだ。悪く思うなよ!」
そう言うとタクミウスの荷馬車はファリスちゃんを乗せて走り去る。
この屈辱に耐えられなかったジェイルは僕たちに対して言った。
「早く乗れ!追いつけなくなるぞ!」
「い、いや、別に追いつけなくても……」
そんな言葉はジェイルには聞こえていない。
彼は自分の荷馬車に乗り込むと馬の手綱を握って出発しようとしていた……僕らを置き去りにして。
「イヴさん、乗り込まないとマズそうだよ」
『そのようですね。これで行きましょうか』
「うん」
僕らも急いでジェイルの荷馬車に乗った。
その瞬間、一息つく暇もなく発進する。
こうして街道最速を決めるため"ジェイル・ステイサム"と"タクミウス・マンフィールド"という夢の日米対決(元の世界での話だ)が幕を開けた。




