霧の中、そのスープは愛の味
この夢は霧がとても濃い。
僕は……
いや、"私"はヒール音を響かせて長い廊下を歩く。
手に持っているのは、暖かいスープの入ったお皿。
どうしても、"あの方"に食べてほくして私が作ったものだ。
最近、料理を始めたけど、なかなか上手くできるようになってきたと思う。
私は大きな両開きの扉の前に立った。
ゆっくりと扉が開く。
胸が高鳴る。
緊張感、期待感。
どうしても私は"あの方"に喜んでもらいたかった。
部屋には長テーブル、等間隔に置かれた椅子は向かい合わせで8つある。
上座には巨大な椅子があるが空席だった。
ただ一つ、左側の手前の席だけに男が1人。
獣のような彫りの深い顔、ボサボサの白い立髪、顎髭の巨漢。
こめかみには立派な2本の黒い角。
その体格に似合わぬグレーのスーツを着た男だ。
「ルザルグ卿……」
ため息混じりに彼の名を呼んだ。
ルザルグは食事中のようで、手にはナイフとフォークが握られている。
何やらテーブルの下ではガタガタと音が鳴っていた。
ちょうどルザルグが座す椅子の下あたりだ。
彼は私に少しだけ視線を送ってから、すぐに食事へと戻った。
「なんだ、お前か」
「"あの方"は?」
「****様はご気分が優れないそうだ。今日は来られない」
「なんと……」
「何用だ?まさか手に持った"ソレ"を出すつもりではないだろうな?」
「何か問題でも?」
ルザルグは苦笑する。
とても不愉快な気分だ。
「それは、お前が作ったものではあるまいな?」
「それが何か?」
「お前が作ったものなど、誰が食べたがる」
「どういう意味だ!?」
「毒を盛って殺してアンデッドにでもされたら、たまったものではないだろ」
「なんと無礼な……私がそんなことをするわけがなかろう!!」
「どうだかな」
そう吐き捨てて、ルザルグはフォークに刺した肉を口へと運ぶ。
その際もガタガタとテーブルの下は揺れ動く。
「貴様こそ、また人間の女を連れ込んでいるのか!」
「別に構わんだろ。人間の女はいいぞぉ。少し痛めつけただけで、すぐに従順になって可愛く鳴く」
「食事中になんと下品な……」
「どうせ誰もいないんだから、ここで何をしようとオレの勝手だろう。なによりも食事をしながら性欲をも満たす。これこそ最大の贅沢よ」
「貴様……」
「お前も、たまには可愛くケツを振ったらどうだ?気が向いたら使ってやらんこともないぞ」
「私を侮辱しているのか!!」
「それだよ、それ。だから誰からも相手にされないんだ。もちろん****様からもな」
私は何も言い返せなかった。
"あの方"は私に興味を示したことはない。
ただ私をゲームの駒としか見ていないような……いや、そんなことを考えてはならない。
「そろそろ自覚しろ。お前は可愛くなんいんだよ。だから男は見向きもしないし、愛されることもない。これからもずっと、永遠にな」
「……」
「そうだ、最近、勇者候補の女を捕まえたんだ。こいつがまた可愛くてね。よければ見にくるといい。いい勉強になるぞ」
「外道が……」
私は振り向いて部屋を出た。
向かった先は調理室。
手を震わせて自分の作ったスープを捨てる。
愛情が渦を巻いて流れていく。
私は……いや"僕"は……霧の中、深い悲しみに溺れていった。
_______________
目が覚めるとベットの上だった。
窓の外は曇り空で、小さな雨粒がガラスを叩いていた。
「ここは……宿……?」
「シオン様!……よかった」
女性の声。
ベッドの横に立つのは長い赤い髪、黒い鎧姿の美しい女性だった。
「イヴさん……僕は……どれくらい寝てた?」
「およそ一週間、眠っておりました」
「そんなに……」
まさか、そんな長く寝ていたなんて。
僕が上体を起こそうとするとイヴが背中に手を添えて手伝ってくれた。
「ありがとう……イヴさんに運んでもらったんだね」
「いえ、主人様をお守りするのが私の役目でございますので」
言ってイヴは心配そうに僕を見つめている。
「何か、私にできることはありますでしょうか?」
「それなら……」
僕の頭の中に未経験の出来事が思い浮かぶ。
それは写真を切り取って貼り付けたように断片的に描写された。
「イヴさんの手料理が食べたいな」
「わ、私の料理ですか!?」
「うん。何か作ってよ」
「は、はい……」
困惑した様子でイヴはお辞儀をして部屋から出ていく。
そして1時間ほどで戻ってきた。
彼女の手には木で作られた皿とスプーンがあった。
皿の中のポタージュスープは湯気を上げていて、その香りが食欲をそそる。
僕は木皿とスプーンを受け取った。
「お口に合うかわかりませんが……」
「いただきます」
スープを掬って口まで運ぶ。
ベッドの横ではイヴが息を呑みながら僕の感想を待っているようだった。
「おいしい!」
「ほ、本当ですか?」
「うん。凄く美味しい。イヴさんって料理が上手なんだね!」
僕が笑って言うとイヴの表情から感動が見てとれた。
すると彼女は一歩下がって、赤いマントを靡かせながら跪く。
「まことに勿体無いお言葉。私はシオン様にお仕えできて光栄の極みでございます」
「え、そこまで!?」
「はい!このイヴ・ガルハート、シオン様のためなら命すら惜しくありません」
「僕は……イヴさんにはずっとそばにいてほしいな」
「え……?」
「イヴさんがそばにいてくれたら、僕は幸せです」
「シオン様……」
イヴは目を潤ませ、ただ頭を深く下げた。
彼女はずっとこれを望んでいたのかもしれない。慕われたくて、褒めてほしかった。
深い寵愛を受けたかったんだ。
もしかしたら彼女と過ごせるのは、ごくわずかな時間かもしれないけど、その間だけでもイヴが幸せに過ごせるなら僕は幸せだった。




