幸せならそれでオッケーです
僕の修行は日が沈む頃まで続けられた。
結局のところ、『炎歪』の熱線は30センチほど伸びた。
だけど、これだと遠距離では全く使えない。
かといって近づいたとしても、剣術や体術の才能が無い僕の方が逆に攻撃を受けてしまうだろう。
最終的に今の僕に、このスキルを使いこなすことは不可能だという結論に辿り着く。
そんな状況にも関わらずイヴはずっと僕のそばで、"シオン様なら絶対できます!"と言って励ましてくれた。
その言葉には嘘偽りは感じられなかった。
常に人の顔色を伺って生きてきた極まったオタクになると相手の微表情や声のトーンで大体、言っている事が嘘かどうかわかる。
だけどイヴさんは確実に最後まで僕を信じて応援してくれていた。
だからこそ、帰り道の足取りは重い。
「ごめんね、イヴさん……僕に才能なくてさ」
「いえ、シオン様はとても成長がお早いですよ。焦らずに鍛錬を重ねましょう」
「ありがと」
僕はイヴと一緒に森の中を歩いた。
空には星が光り始めて、まわりはすっかり暗い。
「イヴさんって凄く優しいよね」
「え?」
僕は今になって、とても罪悪感を覚えていた。
彼女は元々、魔王軍の女幹部。
つまり魔王の部下なのだ。
そんなイヴを魔王から奪って、自分の"モノ"のように扱っている気がした。
「イヴさんの望みって何かあるのかな?もしかして帰りたいとか……誰かに会いたいとか」
「私は……私の望みは……''深い寵愛を賜ること"です」
寵愛というのは特別な愛情を意味する。
大切な人から特に大事にされることだ。
「それさえあれば私は何もいりません」
イヴは寂しげだった。
心なしか、今までそんなことは一度も無かったかのような……そんな印象を受けた。
「イヴさん」
「はい」
「そこに跪いて」
突然のことにイヴは少し驚いた様子だったが、すぐに僕の方を向いて片膝をつく。
彼女から感じられるのは、なぜか《《恐怖心》》だった。
イヴは跪きながら頭を深々と下げる。
「な、何か私の発言に問題がございましたか?」
「……」
僕は無言で近づく。
そして、
「イヴさん、今日はどうもありがとう。凄く楽しかったよ。スキルのこと丁寧に教えてくれて助かった」
そう言って僕はイヴの赤い髪にそっと触れる。
彼女はビクリと体を震わせたが、僕が優しく頭を撫で始めると安堵したようだ。
「有り難き幸せ……そのような、お言葉を頂けるなんて……私は……」
「嬉しい?」
「はい。大変、嬉しゅうございます」
「幸せ?」
「はい。とても幸せでございます」
「よかった。僕はイヴさんが幸せならそれでオッケーなんだ」
「シオン様……私は……あなた様を……」
その瞬間、僕の左手の甲に激痛が走る。
【従属レベルが上がりました】
どこからともなく聞こえてくる声。
さらに声は続いた。
【新たなスキルを獲得しました】
新たなスキル……。
僕はギルドカードを確認しようとするが、体が思うように動かない。
とてつもなく寒くて震えてくる。
「シオン様、どうされましたか?」
「……さ、寒い、すごく……眠い」
「シオン様!」
僕は立っていられず、その場に倒れた。
そして凄まじい睡魔に襲われ、目を閉じると一瞬で深い夢の中へと落ちていった。




