北部でもう一人の勇者候補
今にも雨が降りそうな天候の中。
僕は漆黒の鎧を纏うイヴと共に冒険者ギルドへと走った。
なぜかギルド方から冒険者たちが流れてくる。
みんな焦ったような表情を浮かべ、僕たちに構わず町に散っていく。
「なにかあったのか?」
走りながら僕がつぶやくと、後方にいるイヴが言った。
『凄まじい"死臭"がいたします。もしかすると私が北部に来た目的と同じなのかもしれません』
「イヴさんの目的?」
『はい。今回、私がこの周辺に来た目的は北部に漂う"死臭"の調査でした。まさか、この町に原因があるとは……』
確かイヴは"フレイムネクロマンス"と名乗った気がする。
多分だけど"炎"と"アンデッド"を操るスキルなのかな?
だから"死臭"が気になる……ということか。
それが"冒険者行方不明事件"と関係しているとするなら、死臭の原因はゼイバーさんということになる。
僕らはギルド前に辿り着く。
いつも人通りの多い道のはずだが全く人がいなかった。
『凄まじい死臭です……お気をつけ下さい』
「やっぱり、この中か!」
僕はすぐにギルドのドアを開ける。
中にはカウンターで向かい合う2人の姿だけしかなかった。
あとは一切、冒険者はいない。
受付カウンターの前に立つ"青い鎧を身につけた男"は何かを話していた。
「騙されていたよ。ずっと冒険者の中にいると思い込んで探していたのに……まさか、こんなところにいるなんて」
「騙したつもりはないですが」
そう答えたのは"金のショートヘアの受付嬢"だ。
「数年前、私の騎士団を壊滅させたのは君なんだろ?」
「なんのことだかわかりません」
「隠さなくてもいい。もうわかってるんだよ君の正体は」
「そうでしたか……」
"青い鎧の男"は腰に差した剣のグリップを静かに握る。
その男の行動を見て慌てて駆け出そうとした瞬間。
"金色のショートヘアの女性"は徐に両手を広げて小声で呟く。
「『圧縮』」
パン!!
女性は手を思いっきり叩いた。
その音がギルド内に響き渡ると同時に受付カウンターの前にいた男が消えた。
いや、厳密に言うと"青い鎧の男"が一瞬にしてゴルフボールほどの大きさにまで縮まって床に落ちて転がる。
何が起こったのかさっぱりわからない。
「あら、シオンさん、ご用件は?」
「アリカさん、これは一体、どういうこと?」
「彼は……ゼイバーは勇者候補ではない。偽物です。たまにいますからね、刻印を自ら彫って勇者候補を名乗る人間は」
「え?」
「あなたは駆け出しだから知らないと思いますが、勇者候補には勇者スキルが効かないんですよ。つまり勇者候補が勇者候補を殺すには武力でなければ不可能なのです」
「意味がわからないです……だって、ゼイバーさんは勇者候補でアリカさんはギルドの受付嬢で……」
僕が言いかけるとアリカさんはもう一度、両手を広げて叩く。
するとカウンターの木材が抉れて消え去る。
実際には小さな玉ほどの大きさに圧縮されて床に落ちた。
アリカさんは前に出る。
カウンターが無くなったことで露わになった下半身。
彼女は黒のスーツスカートを捲り上げてショーツを曝け出す。
あの夜と同じ、純白のショーツだ。
さらに彼女は左足を外側へと向けて内太ももを見せた。
そこには"黒い兎"のような紋章が刻まれていた。
「勇者の刻印……?」
「そうです。この私が"北部でもう一人の勇者候補"なのです」
「アリカさんが……勇者候補?……じゃあ、冒険者の行方不明事件って……まさか」
「はい。私が全員殺しました」
全てが繋がった気がした。
さっきの会話から考えるに、恐らくゼイバーさんは自分の仲間の仇を探すためにこの町に来た。
仇は冒険者の中にいると思って、ずっと色んな人とパーティーを組んで探したが見つからず。
そしてようやく辿り着いたのがギルドの受付嬢として働くアリカさんだった。
アリカさんが犯人を『案外すぐ近くにいるかもしれない』と言ったのは、それが自分であるからなんだ。
ゼイバーさんが勇者候補と偽っていたのは注目を集めるためだろう。
そうすれば早く犯人に辿り着けると思ったのではないだろうか。
だけど、わからないことがある。
それは"僕のスキル"についてだ。
勇者スキルは勇者候補には効かない。
つまりアリカさんには僕のスキルは効かないはずなのだ。
アリカさんはスカートを下ろしつつ、さらに口を開く。
「あの晩、私はあなたのスキルで満たされた。気分が良くて、幸せで、味わったことのない喜びを感じた。だけど同時に私の足にある勇者の刻印を見られたと思った」
そうだ、あの晩だけアリカさんは服を脱ぎ捨てて僕と戯れたんだ。
あれから服は一度も脱いでいない。
「だから次の日の朝、あなたを殺そうと思って待ち伏せた」
それは僕が嘲笑された次の日、スキルのことを考えていた時だ。
確かにあの時、"パン!"という風船が割れるような音がした。
あれはアリカさんがスキルを使った音だったのか。
その後、彼女はギルドに遅れて出勤しているのも、僕を殺すために待ち伏せしていたから。
「しかし、あなたには私のスキルが効かなかった。ということは勇者候補であることは確定だけど、それだと辻褄が合わない。なぜ勇者候補である、あなたのスキルは私に効くのか?」
それが最大の謎だった。
アリカさんのスキルは今見た通り"物体の圧縮"で間違いないが、僕の体は潰れていない。
僕は本物の勇者候補。
でもアリカさんは?
"物体の圧縮"なんてチート以外の何ものでもないと思う……。
これで勇者スキルじゃないなんて逆に有り得るのだろうか。
「私はあなたがずっと気になっていた。だから毎晩、一緒にいて秘密を探ろうとしたけど結局わからなかった」
「……」
「でも確かなことは、あなたには他の勇者候補のスキルは効かず、あなたのスキルは他の勇者候補に対して効果がある。この世界で初とも呼べる存在。"勇者候補を殺せるスキル"を持った者」
「僕はそんなことはしません!」
「どうでしょうか?勇者候補はみんなどこか頭がおかしいですからね」
「……それは、どういう意味ですか?」
「言葉の通りですよ。私を含めて勇者候補はまともではない」
僕はどう反応していいかわからなかった。
自分ではまともだと思っているけど、他から見たらそうじゃないのかな?
「アリカさんは……なぜ人を殺していたのです?何か意味があったんじゃないですか?」
「意味なんてありませんよ。ただ目障りだっただけです。目の前で小蝿が飛んでいたら叩いて潰したくなるでしょう。それと同じです」
「そんな……」
「おしゃべりはここまでにしましょう。スキルが効かないなら武力で殺すまでです。あなたのスキルはあまりにも危険すぎる」
アリカさんはさらに前に一歩踏み出した。
僕は腰に差したダガーを取り出して構えるが、手が震える。
あれだけ一緒に戯れたアリカさんが敵として立ちはだかっているのだ。
すかさず、漆黒の鎧を身に纏ったイヴが僕を守るようにして前に出る。
『ここは私が』
「イヴさん……」
アリカさんの鋭い眼光はイヴを捉えていた。
「その人が新しいペットですか?」
「彼女はペットではないです!」
「やはり女性でしたか。しっかり首に縄をつけて、どこかに繋いでおかないと。いつか私みたいに噛み付いてきますよ」
そう言ってアリカさんは両手を広げる。
彼女のスキルは"物体の圧縮"。
射程範囲は不明だが、もう間合い内であると考えるのが妥当だ。
どこからどう見ても超チートスキル。
恐らく魔神クラスのイヴですら一瞬にして潰されてしまうだろう。
こうして奇しくも本物の勇者候補であるアリカさんとの戦いが始まってしまった。




