美しき連携と魔獣の罠
濃い霧に覆われた湿地帯は足元がかろうじて見える。
ここは高価な薬になる草花が多く生えているらしく、魔獣らしき存在によって採取ができなくなっている、とのことだ。
相変わらず小雨が降るが、全く霧は消える様子はない。
「俺が前に行く」
言ったのはゴルドさん。
背負った大盾を左手に、さらに腰に差したメイスを抜き右手に構えた。
彼は見た目から言ってディフェンダーだろう。
敵の注意を引きつつ、防御に徹して他の仲間の攻撃を助ける役。
となればカイネンさんはアタッカー。
腰に差したロングソードを引き抜いて両手でグリップを握る。
持った剣を下に構えながらゴルドさんの数メートル後ろを歩く。
カミーヌさんはキャスターかな?
格好を見れば魔法使いというのは一目瞭然ではあるけど、どんな魔法を使うのかはわからない。
僕らも警戒しつつ進む。
特に後方だ。
バックアタックは全滅の危険性があるのは某有名RPGをやっていればわかる。
僕は後衛なので位置的には真ん中。
最後尾はディアナとグレシアさん。
グレシアさんは息荒く、周囲を警戒している。
一方、ディアナの緊張感の無さは異常で緊張感のカケラもない。
「待て、何かいる」
「小型の魔物のようね」
「"カプ・スパイダー"ですね」
周囲にカサカサという音が聞こえ、黒い何かが無数に蠢いている。
特に気味の悪い音が響くのはホワイト・イーグルのメンバーの前方から左右、扇状に広がるように。
今のところ僕たちの背後には気配は何もない。
「いつも通り、俺が引きつける」
「ええ、お願い。カミーヌ、私には炎の魔法を」
「わかったわ」
"私には炎の魔法を"?
どういう意味だかわからない。
だけど、すぐに彼女たちの連携を見ることになる。
霧の中から姿を現した、"蜘蛛"というには大きな黒い魔物。
散らばるように10匹はいる。
目で確認できるのはそれくらいだ。
「『盾術・魅力』!」
ゴルドさんの大きな盾が光を放つ。
これはディフェンダーなら必須といってもいい、敵を引きつけるスキルだろう。
魔物カプ・スパイダー達はゴルドさんを向く。
あの数の攻撃を全て受け切るのか!?
カプ・スパイダーは一斉にゴルドさんへと向かって飛びかかった。
「『盾術・剛圧』!!」
言って大盾の下角を地面に叩きつける。
すると飛びかかったカプ・スパイダーは空中で動きが停止した。
それは重力を完全に失ったかのようだ。
すぐさまゴルドさんはバックステップする。
交代して前に出たのは、もちろんホワイト・イーグルのリーダーであるカイネンさん。
「カミーヌ、頼む!」
「はい。"体に宿る炎の力よ、剣となりて邪悪なる者を切り裂け"……『ファイアー・ブレイド』!!」
カミーヌさんの足元に赤い魔法陣が展開。
そして大きな杖を振ると巨大な剣のような形の炎が放たれる。
しかし、"炎の剣"が向かうのはカプ・スパイダーではなくカイネンさんの方だ。
「『魔法剣』」
呟くように言ったカイネンさんはロングソードのグリップを両手で握ったまま肩に乗せるように構える。
するとカミーヌさんの放った炎の魔法がロングソードに吸収されていった。
カイネンさんは炎を纏ったロングソードを華麗に回転させる。
「灰燼と化せ……『業火剣』!!」
そう叫んで炎に包まれたロングソードを勢いよく地面に叩きつけた。
火炎と熱波が轟音を響かせ、カイネンさんを中心としてフィールド作るようにして広がり、全てのカプ・スパイダーは一瞬のうちに灰になった。
僕はその美しい連携とカイネンさんが使った必殺技に感動する。
彼女か使った『魔法剣』とは他者の魔法を吸収して自らの攻撃に転換するスキルなのか。
「めっちゃカッコいい……」
ゴルドさんが魔物を引きつけ、そのうちにカイネンさんとカミーヌさんの合体技である"魔法剣"を準備。
ゴルドさんのスキルで敵の動きを止めて、カイネンさんがトドメを刺すという完璧な流れだ。
「歯ごたえが無さすぎる」
「私たちの敵ではないですね」
「この程度の魔物ならどうってことない」
3人は勝利の余韻に浸る。
これがA級冒険者の実力か。
カイネンさんの必殺技によって霧も吹き飛ばされて視界がよくなった……かと思われた。
しかし、再び霧は濃くなり……、
「がは、あ、あ、あ………」
不意に霧の中から巨大な黒い鎌のようなものが出現し、先頭にいたカイネンさんの後ろ腰のあたりに突き刺さる。
そのまま鎌は音もなく"スッ"とスムーズに彼女のお腹を突き破って貫通した。
「カイネン!!」
ゴルドさんの叫び。
カイネンさんは口から血を吐き出し、お腹から流れ出る血液が純白の鎧と白いスカートを真っ赤に染め上げる。
そのままゆっくり、お腹に鎌が刺さったまま4、5メートルほど持ち上げられてしまう。
「"魔獣ミスト・シザー''だな」
ディアナが呟く。
濃い霧でミスト・シザーという魔獣の姿はよく見えない。
「が、がはぁ……わ、私は……これは……どうなって……」
血に濡れたミニスカートを揺らしながら足をバタつかせているカイネンさん。
僕らはそれを見上げているような状況にある。
「カイネン!今、助ける!」
ゴルドさんが再び叫ぶ。
もう彼は冷静さを失っていた。
大きな盾を構え、手に持ったメイスを振り上げながら霧の中へと突っ込む。
だがミスト・シザーは後退。
カイネンさんの体を鎌で串刺しにしたまま霧の中へと持ち去っていった。
同時にゴルドさんも姿を消す。
残ったのは僕とディアナ、グレシアさん、カミーヌさんの4人。
「そ、そんな……」
カミーヌさんの絶望の声。
「確かにミスト・シザーは弱いが、使役した魔物の使い方が上手い。他の魔物を囮にして強いと思った敵を誘き出して捕食する。あれは生きたまま食われるだろう。ヤツは生きたまま獲物を食うのが好きだからな」
そこに無慈悲にも聞こえるディアナの発言。
ということは、このままではカイネンさんはミスト・シザーに食されるということか。
「私たちだけでは……どうにもならない……」
カミーヌさんは両膝を着いて項垂れる。
そんな彼女の肩に僕は手を置いた。
「僕が助けに行きますのでカミーヌさんはディアナさんとグレシスさんと一緒にいてください」
「え……?」
「大丈夫です。僕はこれでも、なかなか強いので」
僕はディアナにアイコンタクトを送ると、意図を察したのか彼女はゆっくりと頷く。
そして隣に立つグレシアさんに視線をやった。
あまりの出来事に体を震わせて言葉を失っている。
雨が次第に強くなってきた。
どんどん雨粒は大きくなって、あれだけ濃かった霧を飲み込んでいく。
グレシアさんの心の雨だ。
だけど、これは好都合。
視界がひらけたぞ。
「さて、久しぶりの魔物討伐だ。ちょうど試したいこともあったからね。あとレベルも上がるといいけど」
湿地帯の奥、ほんの少しだけ霧が掛かる場所が見える。
あそこにミスト・シザーがいるのは間違いない。
僕は腰に付けた布袋から"ある物"を複数取り出して右手に握りしめ、歩みを進めた。




