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青春病。  作者: 翠吉
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司令塔 神谷凛太郎

監督の言葉が終わる。

部屋には重い静寂が流れていた。

監督はゆっくり神谷先輩を見る。

「神谷。」

「最後だ。」

「……はい。」

神谷先輩は静かに立ち上がった。

誰も目を逸らさない。

でも神谷先輩は、すぐには話さなかった。

みんなの顔をゆっくり見渡す。

水谷先輩。

蓮さん。

守屋先輩。

岡田先輩。

杉山先輩。

小林先輩。

そして、最後に私を見る。

少しだけ息を吸う。

「……何から話そう。」

その一言だった。

私は思わず顔を上げた。

神谷先輩が、困っている。

三年間で初めて見る表情だった。

部屋に誰も声を出さない。

神谷先輩は少しだけ笑った。

「ごめん。」

「こういうの。」

「苦手だ。」

守屋先輩が思わず笑う。

「今さらっすね。」

「……そうだな。」

神谷先輩も少しだけ笑った。

それだけで部屋の空気が少しだけ柔らかくなる。

神谷先輩はゆっくり話し始めた。

「一年の春。」

「俺は全国へ行くって言った。」

「周りは笑ってた。」

「無理だって。」

「静岡じゃ無理。」

「聖明じゃ無理。」

「そう言われた。」

静かな声だった。

でも、その一言一言が胸に刺さる。

「悔しかった。」

「だから。」

「練習した。」

「誰よりも。」

「朝早く来て。」

「誰もいない体育館でサーブを打った。」

「授業が終わって。」

「最後まで残って。」

「またサーブを打った。」

私は思い出す。

入学した日の夕方。

誰もいない体育館。

夕日に照らされながら、一人でサーブを打ち続ける神谷先輩。

あの日からずっと。

神谷先輩は一人で戦っていた。

「途中から。」

「一人じゃなくなった。」

そう言って水谷先輩を見る。

「水谷。」

「お前。」

「毎日最後まで残ってたな。」

水谷先輩は照れ臭そうに笑う。

「神谷が帰らないから。」

「帰れなかっただけ。」

部屋に小さな笑いが起こる。

神谷先輩も少しだけ笑った。

「助かった。」

「お前がいたから。」

「俺は前だけ見ていられた。」

「お前が。」

「チームをまとめてくれた。」

「俺にはできないことだった。」

水谷先輩が俯く。

「ありがとう。」

神谷先輩の口から、その言葉が出る。

水谷先輩は何も言えず、小さく頷いた。

神谷先輩は蓮さんを見る。

「蓮。」

「一年の頃。」

「お前しかいなかった。」

「どんなトスでも打って。」

「どんなブロックでも抜いて。」

「苦しい時。」

「いつも最後はお前だった。」

蓮さんは静かに聞いている。

「だから。」

「怪我した時。」

「正直。」

「終わったと思った。」

部屋が静まり返る。

「でも。」

「お前は戻ってきた。」

「何度失敗しても。」

「何度跳べなくても。」

「逃げなかった。」

「最後。」

「日本一相手に。」

「人生で一番高く跳んだ。」

神谷先輩は少しだけ笑う。

「あの一本。」

「俺の人生で。」

「一番いいトスだった。」

蓮さんが俯く。

涙が床へ落ちた。

「ありがとう。」

神谷先輩は続ける。

「守屋。」

「はい。」

「俺。」

「お前に一番厳しかった。」

「……はい。」

「ごめん。」

その瞬間だった。

守屋先輩が勢いよく顔を上げる。

「え……。」

「ごめん。」

「言い過ぎた日もあった。」

「理不尽だった日もあった。」

「でも。」

「お前なら。」

「できると思ってた。」

「お前は。」

「絶対拾く。」

「そう信じてた。」

守屋先輩の涙が止まらない。

「今日。」

「最後の最後まで。」

「お前は拾い続けた。」

「日本一相手にも。」

「俺は。」

「日本一のリベロだと思ってる。」

守屋先輩は顔を覆った。

「そんなこと……。」

「ありますよ……。」

「俺……。」

「もっと拾えました……。」

神谷先輩は首を横に振る。

「十分だ。」

「ありがとう。」

守屋先輩は声を上げて泣いた。

岡田先輩も目を押さえている。

神谷先輩は岡田先輩を見る。

「岡田。」

「お前。」

「最初。」

「試合になると縮こまってた。」

岡田先輩が苦笑いする。

「はい。」

「でも。」

「今日。」

「一番苦しい場面で。」

「何本も繋いだ。」

「お前がいたから。」

「最後まで戦えた。」

「もっと自信持て。」

「はい……!」

神谷先輩は杉山先輩を見る。

「杉山。」

「ブロック。」

「何回も助けられた。」

「今日も。」

「月島止めたな。」

杉山先輩は涙を流しながら笑う。

「一回だけです。」

「一回で十分だ。」

「ありがとう。」

次は小林先輩。

「小林。」

「お前。」

「試合前。」

「緊張すると喋るよな。」

部屋に少し笑いが戻る。

「はい。」

「うるさかった。」

みんなが笑う。

「でも。」

「その声で。」

「助かった。」

「ありがとう。」

小林先輩は泣き笑いだった。

そして。

神谷先輩の視線が私へ向く。

「橘。」

「……はい。」

涙で前が見えない。

「最初。」

「ボール。」

「怖がってたな。」

部屋に優しい笑いが起きる。

「はい……。」

「ペットボトル。」

「落として。」

「謝って。」

「毎日走って。」

「毎日メモして。」

「気付いたら。」

「誰より。」

「試合見てた。」

私はもう泣いていた。

「蓮のジャンプ。」

「サーブの位置。」

「ブロックの手。」

「全部。」

「ノートに書いてた。」

神谷先輩は少しだけ笑う。

「俺。」

「あのノート。」

「何回も助けられた。」

私は目を見開いた。

「え……。」

「気付いてないと思ってたか。」

「……。」

「見てた。」

「ずっと。」

「お前。」

「誰より。」

「俺たちを見てた。」

涙が止まらない。

「ありがとう。」

「お前が。」

「マネージャーで。」

「本当に良かった。」

私は両手で顔を覆った。

もう嗚咽が止まらない。

神谷先輩は少しだけ私を見て、それから全員へ視線を戻した。

「俺。」

「一回も。」

「みんなを褒めなかった。」

誰も動かない。

「ごめん。」

「でも。」

「褒める必要ないと思ってた。」

「もっとできる。」

「もっと強くなる。」

「本気でそう思ってた。」

「だから。」

「厳しかった。」

「苦しかったと思う。」

「それでも。」

「誰も。」

「辞めなかった。」

「逃げなかった。」

「本当に。」

「強いチームだった。」

神谷先輩は一度だけ天井を見る。

「今日。」

「負けた。」

「悔しい。」

「たぶん。」

「この先。」

「何年経っても。」

「思い出す。」

「最後の一本も。」

「二十九対二十七も。」

「全部。」

「忘れない。」

静かな声だった。

「でも。」

「後悔はない。」

「このメンバーだったから。」

「日本一を。」

「本気で倒せると思えた。」

「本気で。」

「日本一になれると思えた。」

「俺。」

「この三年間。」

「人生で一番。」

「楽しかった。」

部屋中の空気が止まる。

神谷先輩がそんなことを言うなんて。

誰も想像していなかった。

神谷先輩はゆっくりと頭を下げた。

「三年間。」

「ありがとう。」

「本当に。」

「ありがとな。」

深く。

深く頭を下げる。

誰も動けない。

部屋には嗚咽だけが響いていた。

監督も静かに目を閉じる。

水谷先輩は涙を拭うこともせず俯いている。

蓮さんは拳を握り締めて震えていた。

守屋先輩は子どものように声を上げて泣いていた。

私は、神谷先輩の「ありがとう」が頭から離れなかった。

あんなに不器用で。

あんなに言葉が少なくて。

誰よりも前だけを見ていた人が。

最後の最後に。

こんなにもたくさんの想いを、私たちへ残してくれた。

その夜。

誰もすぐには立ち上がれなかった。

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