俺の自慢のチーム
ピーーーーーーーッ。
二十九対二十七。
試合終了。
その瞬間。
音が消えた。
歓声も。
拍手も。
実況も。
何も聞こえない。
転がるボールだけが、ゆっくりと私の視界を横切っていった。
「集合。」
監督の静かな声で、みんながベンチへ戻る。
神谷先輩は俯いたまま歩く。
蓮さんはネットから手を離し、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
守屋先輩は立ち上がるまでに少し時間が掛かった。
水谷先輩は何も言わず、みんなが戻ってくるのを待っていた。
誰も口を開かない。
誰も顔を上げない。
監督は全員を見渡すと、小さく頷いた。
「まずは応援してくれた人たちに挨拶してこい。」
静かな声だった。
「今日ここまで来られたのは、お前たちだけの力じゃない。」
「保護者、OB、学校のみんな。」
「最後まで胸を張って挨拶してこい。」
「……はい。」
神谷先輩が返事をする。
その一言に続くように、全員が歩き出した。
スタンドの前へ並ぶ。
私は最後尾で頭を下げる。
「ありがとうございました!!」
選手全員の声が体育館いっぱいに響いた。
一瞬の静寂。
その直後だった。
パチッ。
一人のOBが拍手を始めた。
その拍手は次々と広がっていく。
保護者。
OB。
応援席。
誰一人座ることなく、立ち上がって拍手を送り続けていた。
「胸張れ!」
「最高だったぞ!」
「ありがとう!!」
泣きながら叫ぶ保護者の声が聞こえる。
私は頭を下げたまま唇を噛んだ。
涙が床へ落ちる。
顔を上げられなかった。
その頃。
聖明高校の体育館。
試合終了の表示が映し出された大型スクリーンの前で、誰も動かなかった。
静まり返る体育館。
その静寂を破ったのは、一人の先生だった。
パン。
パン。
静かな拍手。
その音に、一人。
また一人。
女子バレー部。
野球部。
サッカー部。
バスケットボール部。
吹奏楽部。
先生たち。
体育館中が拍手に包まれていく。
「ありがとう。」
「よく頑張った。」
涙を流しながら拍手を送る生徒もいた。
守屋のクラスメイトは画面を見つめたまま泣いていた。
神谷の担任は目元を押さえながら笑っていた。
誰も負けたとは思っていなかった。
全国ベスト八。
春高王者をあと二点まで追い詰めた。
それだけで、聖明高校の誇りだった。
一方その頃。
観客席の最前列。
U18日本代表監督は静かに立ち上がる。
「……すごい試合だったな。」
隣のスタッフが頷く。
「はい。」
「神谷凛太郎。」
「朝倉蓮。」
「守屋堅護。」
「水谷瞬。」
監督は一人ずつ名前を口にした。
「全員、高校生とは思えなかった。」
スタッフが静かに尋ねる。
「声を掛けますか。」
監督は少しだけ笑う。
「今日はいい。」
「今日必要なのは勧誘じゃない。」
「悔しがる時間だ。」
そう言うと、神谷たちの背中を見つめながら続けた。
「でも。」
「この悔しさを忘れなければ。」
「こいつらは、もっと強くなる。」
そう言い残し、静かに体育館を後にした。
聖明ベンチ。
私はドリンクを片付ける。
空になったボトル。
使い切ったテーピング。
散らばったタオル。
試合が終わったことを、一つひとつが教えてくる。
誰も喋らない。
ファスナーを閉める音だけが響く。
守屋先輩も。
いつもなら冗談を言うのに、今日は何も言わない。
蓮さんは汗で濡れたユニフォームを静かに畳んでいる。
水谷先輩は最後に一球だけ転がっていたボールを拾い、優しくバッグへ入れた。
神谷先輩はベンチを一度だけ見つめる。
何を思っているのかは分からない。
でも、その表情はどこか穏やかだった。
荷物を持ち、全員で体育館の長い通路へ向かう。
誰も喋らない。
靴音だけが静かに響く。
通路の真ん中で監督が足を止めた。
「並べ。」
全員が一列になる。
監督は何も言わない。
ただ、一人ひとりの顔を見る。
長い沈黙。
誰も顔を上げられない。
やがて監督が口を開いた。
「顔を上げろ。」
全員がゆっくりと前を向く。
「負けたな。」
その一言だけだった。
誰も返事をしない。
「悔しいか。」
静かな問い掛け。
守屋先輩の肩が小さく震えた。
「……はい。」
掠れた声だった。
監督はゆっくり頷く。
「その悔しさは忘れるな。」
「でも。」
「下を向くな。」
「お前たちは弱かったから負けたんじゃない。」
「日本一を、本気で追い詰めた。」
「あと二点。」
「その二点が、今日のお前たちと日本一との差だった。」
監督は一人ずつ目を合わせる。
「だから胸を張れ。」
「今日のお前たちは。」
「俺の自慢のチームだ。」
その瞬間だった。
「……っ。」
守屋先輩が堪えていた涙を流した。
それをきっかけに。
岡田先輩。
杉山先輩。
小林先輩。
蓮さん。
次々と顔を伏せる。
水谷先輩も、目を閉じたまま小さく息を吐いた。
私はもう我慢できなかった。
涙が止まらない。
神谷先輩だけは真っ直ぐ監督を見つめていた。
そして深く頭を下げる。
「ありがとうございました。」
全員が続く。
「ありがとうございました!!」
監督は静かに頷いた。
「帰るぞ。」
短いその一言で、私たちの初めてのインターハイは、本当に終わった。




