王者
試合を終えた体育館には、まだ歓声の余韻が残っていた。
「お疲れ!」
他校の選手たちと軽く挨拶を交わし、私たちは宿へ向かうバスへ乗り込む。
今日は、この一試合だけ。
全国上位常連・大阪代表凌星高校を破った興奮は、誰の顔にも残っていた。
「やばかったな。」
守屋先輩が笑う。
「蓮さん、最後意味分かんなかったっす。」
「三枚の上から普通に決めるんですもん。」
「俺も思った。」
岡田先輩が苦笑する。
「さすがに鳥肌立ちました。」
水谷先輩も笑いながら振り返る。
「本人は普通なんだろ。」
「普通じゃないです。」
守屋先輩が即答すると、車内に笑いが広がった。
その当の本人は。
一番後ろの窓側。
ヘッドレストへ頭を預けたまま、もう目を閉じていた。
「早っ。」
私が思わず笑う。
神谷先輩が一度だけ後ろを見る。
「寝たな。」
「ですね。」
バスはゆっくり走り出す。
窓の外には大阪の街並みが流れていく。
さっきまでの熱気が嘘みたいに、車内は少しずつ静かになっていった。
試合の疲れもあって、眠っている人も多い。
三十五分ほど走り、バスは宿の前へ止まる。
「着いたぞー。」
監督の声が響く。
選手たちが次々に立ち上がる。
「腹減ったー。」
「風呂入りてぇ。」
守屋先輩たちは荷物を持って降りていく。
私は最後尾へ向かった。
「蓮さん。」
返事がない。
「蓮さん。」
少し肩を叩く。
……動かない。
「蓮さん。」
もう一度。
ぴくりとも反応しない。
「え。」
思わず笑ってしまう。
「蓮、起きろ。」
水谷先輩が肩を揺らす。
反応なし。
「おい。」
守屋先輩も笑いながら腕を揺する。
「蓮さん!」
「ホテル着きましたよ!」
しーん。
車内が静まり返る。
「寝すぎだろ。」
岡田先輩が苦笑する。
神谷先輩はゆっくり最後尾まで歩いてきた。
眠ったままの蓮先輩を見て、小さく息を吐く。
「……相当疲れてるな。」
そう言って肩へ手を置く。
「蓮。」
一言。
それだけだった。
「……ん。」
ゆっくり目を開ける。
「着いたぞ。」
蓮先輩はぼんやり辺りを見回す。
「……ホテル?」
「ああ。」
神谷先輩が短く答える。
蓮先輩は小さく頷いた。
「……腹減った。」
その一言に。
「結局そこかよ!」
守屋先輩のツッコミで、車内は笑いに包まれた。
張り詰めていた全国の空気が、少しだけ和らいだ。
ホテルへ入ると、一気に疲れが押し寄せてきた。
「腹減ったー!」
守屋先輩が真っ先にロビーを歩いていく。
「さっきも言ってたじゃん。」
水谷先輩が笑う。
「試合したら腹減るんすよ!」
「蓮さんもですよね?」
「……減った。」
「ほら!」
守屋先輩が勝ち誇ったように笑う。
「一緒じゃん。」
「俺は試合中から減ってた。」
「早すぎますって!」
ロビーは笑い声に包まれた。
監督が全員を見渡す。
「部屋に荷物だけ置いて十分後、一階の食事会場集合。」
「はい!」
全員が返事をする。
私は荷物を持ってエレベーターへ向かった。
部屋へ荷物を置き、急いで一階へ降りる。
食事会場には、全国各地の学校が集まっていた。
北海道。
東京。
福岡。
今日勝ち上がった学校ばかり。
自然と視線が集まる。
「あれ。」
「静岡だ。」
「凌星倒した学校。」
そんな声が聞こえてきた。
守屋先輩が少し照れくさそうに笑う。
「なんか見られてません?」
「見られてるな。」
水谷先輩は苦笑した。
蓮先輩は気にする様子もなく席へ座る。
「腹減った。」
「それしか言わないじゃないですか。」
「本当に減った。」
また笑いが起きる。
神谷先輩は料理を取りながら、小さく周りを見渡していた。
全国の強豪校。
誰が残ったのか。
どこのチームが勝ったのか。
自然と目で確認している。
その視線に気付いた監督が隣へ立つ。
「気になるか。」
「少し。」
「見るのはいい。」
監督は静かに続けた。
「でも、見るだけだ。」
「明日勝たなきゃ意味がない。」
神谷先輩は短く頷く。
「はい。」
その時だった。
食事会場の入口が少しざわつく。
「東京代表だ。」
「去年の春高王者。」
「来た。」
自然と何人もの選手が入口へ視線を向けた。
聖明高校の選手たちも、思わず顔を上げる。
全国には、まだ強敵がいる。
そう感じさせる空気だった。




