短くても、届く言葉
整列を終え、ベンチへ戻る。
みんなの表情には笑顔があった。
でも、県大会で勝った時とは少し違う。
嬉しい。
それでも、まだ終わっていない。
そんな空気だった。
「結衣!」
守屋先輩が真っ先に駆け寄ってくる。
「勝ったな!」
「はい!」
「全国で一勝!」
「声大きいです。」
「だって全国だぞ!?」
守屋先輩が両手を広げる。
その後ろから岡田先輩が近付いてきた。
「守屋、まだ一回戦。」
「分かってますって。」
「分かってる奴のテンションじゃない。」
「岡田さんも嬉しいくせに。」
「まあな。」
岡田先輩が小さく笑う。
水谷先輩が全員へ声をかけた。
「荷物まとめるぞ。」
「はい!」
私は急いで空になったボトルを回収する。
タオルを畳み、ノートをバッグへ入れようとした時だった。
「橘。」
監督が呼ぶ。
「はい。」
「今日の記録、あとでまとめておけ。」
「分かりました。」
「特に第一セット。」
「はい。」
監督は少しだけ頷いた。
「あそこで相手のエースを止められたのは大きかった。」
胸の奥が少し熱くなる。
「ありがとうございます。」
「ただし。」
監督の声が低くなる。
「次の相手は、今日より強い。」
一瞬で表情が引き締まった。
「はい。」
「浮かれるのはホテルに帰ってからにしろ。」
「はい。」
監督が離れていく。
その会話を聞いていた守屋先輩が近付いてきた。
「結衣、褒められてたな。」
「聞いてたんですか。」
「聞こえた。」
「盗み聞きです。」
「堂々と聞いてた。」
「もっと駄目です。」
守屋先輩が笑う。
「でも、あの一本で流れ変わったし。」
「止めたのは杉山先輩です。」
「見つけたのは結衣。」
「それを伝えたのも結衣。」
水谷先輩も会話に入ってくる。
「だから、結衣の一点。」
「私、打ってません。」
「監督に言われたばっかりなのに。」
蓮先輩がタオルを首に掛けたまま笑う。
「一本も打たないけど、点は取る。」
「なんですか、それ。」
「新しいポジション。」
「いりません。」
みんなが笑う。
また顔が熱くなる。
「ほら、片付けしてください。」
「逃げた。」
「逃げてません。」
私は背を向け、ボトルをケースへ入れていく。
その時、視線を感じた。
顔を上げると、神谷先輩が少し離れた場所に立っていた。
目が合う。
「結衣。」
「はい。」
神谷先輩は短く言った。
「助かった。」
それだけだった。
でも、守屋先輩たちに褒められた時よりも、なぜか胸が大きく鳴った。
「……はい。」
うまく言葉が出てこない。
神谷先輩はもう視線をコートへ戻していた。
そこでは次の試合に出る学校がアップを始めている。
「神谷。」
水谷先輩が隣へ並ぶ。
「見るか。」
「ああ。」
二人はそのまま次の試合を見つめる。
私もノートを持ち直した。
一勝した。
全国で。
でも、先輩たちはもう次を見ている。
私も立ち止まってはいられない。
「結衣。」
守屋先輩が私のノートを指差す。
「もう始めるの?」
「はい。」
「休まないと倒れるぞ。」
「守屋先輩こそ、ゼリー食べ過ぎて倒れないでください。」
「そこまで食べてない。」
「今日だけで三つです。」
「全国仕様。」
「意味分かりません。」
守屋先輩が笑いながら離れていく。
私はコートへ視線を戻した。
次の相手になるかもしれない二校。
サーブ。
レシーブ。
攻撃の組み立て。
選手の癖。
一つも見逃さないように、ペンを走らせる。
全国で勝った実感は、まだ少し遠かった。
ただ、電光掲示板に残る結果だけが、それを教えてくれていた。
聖明高校。
二対〇。
その文字を一度だけ見上げる。
「……一勝。」
小さく呟く。
嬉しさが、少し遅れて胸へ広がっていく。
でも、ノートを閉じることはしなかった。
私たちの全国大会は、まだ始まったばかりだった。
第二回戦までの時間は、思っていたより短かった。
次の試合を見終えると、すぐに監督から集合がかかる。
「相手は大阪代表、凌星高校。」
ホワイトボードに名前が書かれた瞬間、水谷先輩たちの表情が引き締まった。
凌星高校。
全国大会常連の強豪校。
さっきの試合も、ほとんど危なげなくストレートで勝ち上がっていた。
「特に注意するのは四番。」
監督が映像を止める。
画面には、鋭いスパイクを打ち込む選手が映っていた。
「左利きのオポジットだ。高さだけじゃない。ブロックを見て打ち分けてくる。」
私は急いでノートを開く。
四番。
左利き。
ストレートへの打ち分けが速い。
苦しい体勢でも手首を使う。
さっき見ていた試合で気付いたことを、書き加えていく。
「橘。」
「はい。」
「何かあるか。」
監督に呼ばれ、顔を上げる。
全員の視線が私へ集まった。
「四番は、助走が短い時ほどストレートが多いです。」
「あと、セッターが前衛の時は、四番へのバックトスが増えていました。」
神谷先輩が映像へ視線を向ける。
「ブロックを一枚にしたいんだろ。」
「たぶん、そうだと思います。」
「分かった。」
短く返した神谷先輩が、ノートの内容を自分のメモへ書き込む。
監督が頷いた。
「最初から全て止めようとするな。」
「一本ずつ情報を集めろ。」
「試合の中で修正する。」
全員が頷く。
「昼飯を食べたら、一時間休め。」
「次の集合は十三時。」
「はい!」
会議を終え、控室へ戻る。
用意されていたお弁当を配っていると、守屋先輩が真っ先に手を伸ばしてきた。
「結衣、俺大盛り。」
「全部同じです。」
「じゃあ二個。」
「一人一個です。」
「全国で二試合するのに?」
「関係ありません。」
「冷たい。」
そのやり取りを聞いていた岡田先輩が、守屋先輩の手から弁当を一つ取った。
「お前、さっきゼリーも食べてただろ。」
「ゼリーは飲み物です。」
「違う。」
「じゃあ何なんですか。」
「ゼリー。」
「そのままじゃないですか。」
周りから笑いが起こる。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
「結衣。」
蓮先輩が手を差し出す。
「はい、お弁当です。」
「ありがとう。」
蓮先輩は受け取ると、そのまま私の手元を見た。
「自分の分は?」
「あ。」
配ることに夢中で、自分の弁当を端へ置いたままにしていた。
「また忘れてる。」
「忘れてないです。後で食べようと思ってました。」
「それを忘れてるって言うんだよ。」
水谷先輩が笑いながら、私の弁当を持ち上げる。
「ほら。座って食べる。」
「まだドリンクの確認が。」
「それは食べてから。」
「でも。」
「監督。」
水谷先輩が少し離れた場所へ声をかける。
「橘が昼飯食べません。」
「食べます!」
慌てて答えると、監督がこちらを見た。
「橘。」
「はい。」
「選手より先に倒れるな。」
「……はい。」
守屋先輩が声を上げて笑う。
「怒られてる。」
「守屋先輩のせいです。」
「俺、何もしてない。」
「二個食べようとしてました。」
「それは別件。」
私は仕方なく、みんなの隣へ腰を下ろした。
弁当の蓋を開ける。
食べ始めても、頭の中には凌星高校の映像が残っていた。
左利きの四番。
速いバックトス。
高いブロック。
一回戦とは、明らかに違う。
「結衣。」
隣から声がして顔を上げる。
神谷先輩が箸を止め、こちらを見ていた。
「はい。」
「今は食え。」
「……考えてるの、分かりました?」
「顔に出てる。」
「そんなにですか。」
「ああ。」
神谷先輩はそれだけ言うと、また弁当へ視線を戻した。
「試合になれば、嫌でも見る。」
「今は休め。」
昨日も聞いた言葉だった。
だから今日は寝ろ。
今は食え。
神谷先輩は、いつも短い。
でも、その短い言葉に何度も助けられていた。
「はい。」
私はノートを閉じ、箸を持ち直した。
全国大会初日。
次の相手は、一回戦よりもずっと強い。
それでも、不思議と怖くはなかった。
私たちはもう、全国で一つ勝っている。
次も。
全員で、取りに行く。




