いつもの音
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
時計を見る。
午前五時三十分。
「……今日だ。」
全国大会初日。
昨日まで何度も口にしてきたその言葉が、今日から現実になる。
顔を洗い、ジャージへ着替える。
鏡の中の自分は少しだけ緊張した表情をしていた。
「よし。」
小さく頬を叩き、部屋を出る。
廊下へ出ると、まだ静かだった。
エレベーターへ向かって歩いていると。
「あ……。」
守屋先輩だった。
髪は寝癖のまま。
大きなあくびをしている。
「おはようございます。」
「おはよ……。」
眠そうな声だった。
「守屋先輩、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃない。」
「寝れなかったんですか?」
「いや、寝すぎた。」
思わず笑ってしまう。
「まだ眠いだけ。」
「それなら安心しました。」
「結衣は?」
「ちょっと緊張してます。」
「まあ、全国だしな。」
二人で朝食会場へ向かう。
会場へ入ると、すでに他校の選手たちも食事をしていた。
見たことのないジャージ。
胸に書かれた各県の名前。
どのチームも静かだった。
誰もふざけていない。
食器の音だけが静かに響く。
「空気違うな。」
守屋先輩が小さく呟く。
「はい。」
私も自然と声が小さくなる。
「おーい。」
水谷先輩が手を振っていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「寝れた?」
「少しだけ。」
「十分十分。」
笑いながら席を勧めてくれる。
凛太郎先輩はすでに食べ始めていた。
いつも通り。
表情は変わらない。
蓮先輩は周りを見回しながら笑う。
「全国って感じだな。」
「もう逃げられないっすね。」
守屋先輩が苦笑する。
「最初から逃げるな。」
岡田先輩がすぐにツッコむ。
「冗談ですよ。」
また小さく笑いが起きる。
少しだけ、いつもの聖明に戻った気がした。
食事を終え、ホテルを出る。
朝の空気は少しだけ涼しい。
バスへ乗り込むと、昨日より静かだった。
誰もが窓の外を見ている。
監督だけが立ち上がった。
「緊張してるか。」
誰も答えない。
「それでいい。」
監督は笑った。
「緊張するってことは、本気ってことだ。」
その一言だけだった。
バスはゆっくり走り出す。
窓の外には、大きな体育館が少しずつ近付いてきた。
私は思わず息をのむ。
「……着いた。」
全国大会の会場。
私たちの夢の舞台だった。
バスが体育館前へゆっくりと停まった。
窓の外には、すでに何台もの大型バスが並んでいる。
全国各地から集まった代表校。
胸が高鳴る。
「行くぞ。」
監督の一言で全員が立ち上がった。
バッグを肩へ掛け、バスを降りる。
「……。」
思わず足が止まる。
大きい。
今まで見てきた体育館とは比べものにならなかった。
入口には各都道府県の代表校が次々と集まってくる。
背の高い選手。
揃ったジャージ。
聞き慣れない方言。
全部が新鮮だった。
「結衣。」
「はい。」
神谷先輩が横を通る。
「置いてくぞ。」
「あっ、すみません!」
慌てて後を追う。
守屋先輩が笑った。
「もう全国に圧倒されてる。」
「だって……。」
「俺も最初そうだった。」
水谷先輩が笑う。
「でもコート入れば一緒。」
「ネットの高さも。」
蓮先輩が続ける。
「ボールも一緒。」
岡田先輩も笑う。
「相手も高校生。」
その一言で少し肩の力が抜けた。
体育館へ入る。
「……。」
広い。
コートが何面も並んでいる。
あちこちからスパイクの音が響く。
笛の音。
歓声。
アップを始めるチーム。
円陣を組むチーム。
全部が全国だった。
私は自然とノートを取り出す。
ジャージの色。
エース。
セッター。
ウォーミングアップの癖。
無意識にペンが動く。
「もう書いてるのか。」
守屋先輩が覗き込む。
「癖で。」
「さすが。」
その時だった。
「聖明高校さん。」
大会スタッフが近付いてくる。
「こちらがウォーミングアップコートになります。」
「ありがとうございます。」
監督が頭を下げる。
「よし。」
全員へ向き直る。
「アップ始めるぞ。」
「はい!!」
一斉に返事が響く。
私は急いでドリンクを並べる。
ボールケースが開く。
神谷先輩がボールを手に取った。
パンッ。
最初のサーブが体育館へ響く。
その乾いた音を聞いた瞬間、不思議と緊張が消えた。
『いつもの音だ。』
全国でも。
神谷先輩のサーブは変わらない。
水谷先輩の笑顔も。
守屋先輩の声も。
蓮先輩の助走も。
岡田先輩のレシーブも。
全部、いつもの聖明だった。
私は小さく笑う。
「うん。」
ここが全国でも。
私たちは、私たちのままだ。




