明日も頼む
ミーティングが終わると、それぞれ部屋へ戻った。
「明日は朝六時集合!遅れるなよ!」
水谷先輩の声が廊下へ響く。
「守屋、お前特にな。」
「信用なさすぎません?」
笑い声が聞こえながら、それぞれの部屋へ消えていく。
私はカードキーで部屋を開けた。
「……広い。」
一人部屋。
静かな空間だった。
荷物を置き、ベッドへ腰を下ろす。
今日一日が頭の中をゆっくり流れていく。
朝、学校を出発したこと。
バスの中。
初めて見た東京の景色。
ホテル。
ミーティング。
そして、監督の言葉。
『お前ら、負けてるぞ。』
思い出しただけで顔が熱くなる。
「あんなに褒めなくてもいいのに……。」
ベッドへ倒れ込む。
でも。
嬉しかった。
選手じゃない私も、このチームの一員として見てもらえている。
そう思えた。
天井を見つめる。
気付けば、入学してからもう何か月も経っていた。
ボールが頭に当たって始まった出会い。
体育館で一人サーブを打っていた神谷先輩。
何もできなかった私。
少しずつ名前を呼ばれるようになって。
結衣と呼ばれるようになって。
気付けば、全国大会まで来ていた。
「早かったな……。」
喉が少し渇く。
時計を見る。
もう消灯まで一時間ほど。
「飲み物買ってこよう。」
財布だけ持って部屋を出た。
廊下は静かだった。
エレベーターで一階へ降り、自動販売機の前へ向かう。
スポーツドリンク。
お茶。
炭酸。
どれにしようか迷っていると。
「まだ起きてたのか。」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
神谷先輩だった。
ジャージ姿のまま、自動販売機の前に立っている。
「神谷先輩。」
「何してる。」
「飲み物買いに来ました。」
「俺も。」
神谷先輩は迷うことなくブラックコーヒーのボタンを押した。
ガタン。
缶が落ちる音が響く。
私はスポーツドリンクを取り出す。
「神谷先輩、明日のこと考えてました?」
神谷先輩は缶を一本持ったまま少しだけ考える。
「少し。」
「私もです。」
「眠れないか。」
「……ちょっとだけ。」
「考えても明日は来る。」
短い言葉だった。
「だから今日は寝ろ。」
思わず笑ってしまう。
「はい。」
二人で並んで歩き出す。
ホテルのロビーは静かだった。
窓の外には東京の夜景が広がっている。
「すごいですね。」
「ああ。」
「こんな景色見るの初めてです。」
神谷先輩は夜景を眺めたまま、小さく頷く。
「明日には、もっとすごい景色見る。」
「え?」
「全国のコート。」
思わず笑った。
「そうですね。」
少しだけ沈黙が流れる。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。
神谷先輩が缶を握り直す。
「結衣。」
「はい。」
「明日も頼む。」
その一言だけで十分だった。
「はい。」
私は力強く頷く。
神谷先輩も小さく頷き返した。
「じゃあ、寝ろ。」
「神谷先輩もですよ。」
「分かってる。」
そう言ってエレベーターへ向かって歩いていく。
私はその背中を見送った。
全国大会前夜。
静かなホテルのロビーで交わした短い会話は、不思議と緊張を和らげてくれた。
明日。
いよいよ、私たちの全国大会が始まる。




