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青春病。  作者: 翠吉
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誰1人欠けても

全国大会前日。

朝六時。

まだ空が少し薄暗い時間だった。

学校へ着くと、体育館前には大型バスが止まっていた。

保護者や先生たちが見送りに来ている。

「おはようございます。」

「おはよう。」

荷物を積み込みながら、水谷先輩が笑う。

「忘れ物ないか?」

「大丈夫です。」

「守屋は?」

「あります!」

「何を?」

「やる気です!」

「荷物。」

「あ。」

周りから笑いが起きる。

「シューズ忘れました。」

「何しに行くんだよ。」

蓮先輩が呆れながら言う。

慌てて取りに戻る守屋先輩を見て、緊張していた空気が少しだけ和らいだ。

全員が乗り込み、バスがゆっくりと学校を出発する。

窓の外で手を振る先生たちが少しずつ小さくなっていく。

「行ってきます。」

私は小さく呟いた。

高速道路へ入ると、車内は自然と静かになった。

昨日までの練習の疲れも残っている。

音楽を聴く人。

寝る人。

窓の外を眺める人。

私は全国大会の冊子を開いた。

初戦の相手。

学校紹介。

選手名簿。

何度も見たページなのに、また読み返してしまう。

「結衣。」

神谷先輩だった。

「はい。」

「緊張してるか。」

少し考える。

「……してます。」

「俺も。」

思わず神谷先輩を見る。

「神谷先輩もですか?」

「ああ。」

少しだけ笑う。

「だからちょうどいい。」

それだけ言って目を閉じた。

初めて聞いた。

神谷先輩が自分から緊張していると言ったのは。

その一言だけで、不思議と私の肩の力も抜けていた。

数時間後。

「東京入りまーす。」

運転手さんの声が響く。

高いビル。

車の多さ。

静岡とは違う景色が窓の外へ広がる。

守屋先輩が窓に顔を近付けた。

「東京だ。」

「修学旅行じゃないぞ。」

水谷先輩が笑う。

「分かってますよ。」

「半分くらい観光気分だろ。」

「三割です。」

「十分だ。」

笑いが起きる。

バスはホテルへ到着した。

入口には『全国高等学校総合体育大会 出場校様』と書かれた案内板が立っている。

私はその文字を見つめた。

本当に来たんだ。

全国。

ロビーには、他県のユニホームを着た選手たちもいた。

みんな背が高い。

身体も大きい。

すれ違うだけで、全国大会なんだと実感する。

部屋へ荷物を置き、夕食を済ませると、監督に呼ばれた。

「ミーティングやる。」

会議室へ入る。

前にはスクリーン。

机の上には全国大会の資料が置かれていた。

監督が静かに話し始める。

「いよいよ明日だ。」

誰も喋らない。

「ここまで来るのに、たくさん勝ってきた。」

「新人戦。」

「県予選。」

「合宿。」

「全部無駄じゃない。」

監督は全員を見渡した。

「だが。」

「明日コートに立てば、それは関係ない。」

静かな空気が流れる。

「全国では、一点ずつ積み重ねるしかない。」

「相手がどこでも。」

「強くても。」

「焦るな。」

神谷先輩が静かに頷く。

「一本。」

監督も頷いた。

「そうだ。」

「一本ずつ。」

スクリーンに初戦の相手校の映像が映し出される。

私はノートを開く。

全国大会最後のミーティング。

明日から始まる戦いへ向けて、全員が同じ方向を見ていた。


監督が全員を見渡した。

「最後に。」

静かな声だった。

「ここまで来たことに、自信を持て。」

誰も言葉を発しない。

「新人戦を勝った。」

「県予選を勝った。」

「苦しい合宿も乗り越えた。」

「ここにいる全員が、その結果だ。」

監督はホワイトボードへスターティングメンバーを書き始めた。

「明日のスターティングメンバー。」

「セッター、神谷。」

「はい。」

「お前はこのチームの頭だ。」

「どんな場面でも冷静だった。」

「明日もお前らしくやれ。」

「はい。」

「アウトサイド、水谷。」

「はい。」

「お前がキャプテンで良かった。」

「苦しい時、誰より先に声を出して、誰より先に動いた。」

「最後までチームを引っ張れ。」

「はい!」

「アウトサイド、岡田。」

「はい。」

「派手な選手じゃない。」

岡田先輩が少し笑う。

「でも、お前が拾って、お前が繋いだから取れた一点が何本あった。」

「その仕事は全国でも変わらない。」

「胸張ってやれ。」

「はい!」

「オポジット、蓮。」

「はい。」

「もう、お前を怪我人だと思ってる奴は誰もいない。」

「思い切り跳べ。」

「はい。」

「ミドル、杉山。」

「はい。」

「ミドル、小林。」

「はい。」

「お前たちの速攻は、このチームの武器だ。」

「全国でも暴れてこい。」

「はい!」

「リベロ、守屋。」

「はい!」

「お前はうるさい。」

会議室に笑いが広がる。

「でも、その声で何度チームを救った。」

「明日も一番うるさくしろ。」

「任せてください!」

監督は頷いた。

そして、ゆっくり最後の名前を呼ぶ。

「橘。」

「……はい。」

思わず姿勢を正す。

「前へ。」

「え、私ですか?」

「そうだ。」

私は戸惑いながら前へ出た。

選手たちの前へ立つ。

監督は私を見る。

「お前は選手じゃない。」

「はい。」

「一本も打たない。」

「はい。」

「一点も取れない。」

「はい……。」

守屋先輩が笑いを堪えている。

「でも。」

監督の声が少し大きくなる。

「ここまで来る間、お前のノートに何度助けられた。」

私は何も言えなかった。

「サーブの癖。」

「配球。」

「ブロック。」

「相手の特徴。」

「練習試合でも。」

「県大会でも。」

「合宿でも。」

「全部、お前が見つけてきた。」

会議室が静まり返る。

監督は選手たちへ向き直った。

「お前ら。」

「負けてるぞ。」

守屋先輩が苦笑いする。

「耳が痛いっす。」

「橘は。」

監督は続ける。

「毎日、お前らより早く体育館へ来る。」

「毎日、お前らより遅く帰る。」

「誰より試合を見て。」

「誰より考えて。」

「一本も打たないのに、お前らのためだけにノートを書き続けた。」

私は恥ずかしくて俯いた。

「そんな言われることじゃ……。」

小さく呟く。

すると守屋先輩が笑った。

「いや、結衣はもっと褒められていい。」

「そうだな。」

水谷先輩も頷く。

蓮先輩が笑いながら言う。

「俺、結衣のノート何回見たか分かんない。」

岡田先輩も腕を組んで笑う。

「俺も結構助けられてる。」

杉山先輩と小林先輩も大きく頷いた。

「俺ら、結衣の情報で何点取ったんだろうな。」

守屋先輩が笑う。

「数えたら結構ありますよ。」

「ちょ、ちょっとやめてください……。」

私は顔を真っ赤にする。

「褒められ慣れてないんで。」

「そこも結衣らしいな。」

水谷先輩が笑う。

会議室にまた笑いが広がる。

監督も少しだけ口元を緩めた。

「照れるな。」

「はい……。」

「だから言っただろ。」

監督は選手たちを見る。

「お前ら、負けてるぞ。」

「バレーだけ上手くても駄目だ。」

「仲間がこれだけ努力してる。」

「その努力に応えられる選手になれ。」

全員の表情が引き締まる。

監督は最後にゆっくり全員を見渡した。

「明日は。」

「六人で戦うんじゃない。」

結衣を見る。

「七人でもない。」

ベンチ全員を見る。

「このチーム全員で戦う。」

「誰一人欠けても、ここまで来られなかった。」

「全国でも、それは変わらん。」

全員が立ち上がる。

「勝ちに行くぞ。」

「はい!!」

その返事は、この一年で一番大きかった。

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