あと3日
全国大会まで、あと三日。
体育館には、いつも以上に張り詰めた空気が流れていた。
「お願いします!」
いつも通りの挨拶。
でも、その声は、どこか違って聞こえた。
合宿を終えてから、一人ひとりのプレーが変わっている。
レシーブの一歩。
ブロックの寄り。
トスの精度。
どれも少しずつ速く、少しずつ正確になっていた。
私はいつもの場所でノートを開く。
監督が選手たちを集めた。
「今日は県外の高校と二試合やる。」
全員が監督を見る。
「全国を想定した相手だ。」
体育館の反対側では、相手チームがアップを始めていた。
去年、全国ベスト十六。
高さもある。
速さもある。
そして、一つ一つの動きに無駄がなかった。
「結果より内容。」
監督が続ける。
「全国では、一度崩れたら終わる。」
「試合中に修正できるか。」
「そこを見る。」
「はい!」
アップが始まる。
私は相手チームを観察しながらノートを開いた。
サーブ。
助走。
レシーブ位置。
映像で見た特徴も書いてある。
今日は、その答え合わせだ。
笛が鳴る。
試合開始。
序盤。
いきなり押し込まれた。
相手のサーブが重い。
守屋先輩が何とか上げても、トスが乱れる。
神谷先輩は苦しい体勢から何度もボールを上げていた。
それでも相手は止まらない。
高い。
速い。
決定力がある。
「ナイス!」
相手ベンチから声が飛ぶ。
点差は少しずつ開いていった。
私は必死にノートへ書き込む。
サーブコース。
助走。
ブロック。
でも。
書けば書くほど違和感が大きくなる。
「……違う。」
映像ではクロス中心だった選手が、今日はストレートを多く使う。
ブロックの寄り方も違う。
配球も違う。
ローテーションが変わるたびに攻撃まで変えていた。
「タイム!」
監督が笛を鳴らす。
選手たちがベンチへ戻ってくる。
私は急いでドリンクを並べた。
神谷先輩が受け取りながら聞く。
「何かあるか。」
私はノートを見返した。
ページをめくる。
何度見ても。
答えが出ない。
「……分かりません。」
悔しかった。
今までなら、何か一つは見つけられた。
でも今日は違う。
「途中で全部変えてきます。」
神谷先輩はノートを一度だけ見た。
「ああ。」
それだけ言ってコートへ戻る。
試合再開。
流れは変わらない。
十五対二十五。
第一セットを落とした。
笛が鳴る。
私はノートを閉じた。
初めてだった。
何も掴めない。
全国は。
私が思っていたより、ずっと遠かった。
「結衣。」
顔を上げる。
神谷先輩だった。
「気にすんな。」
「……でも。」
「見えなくなったら。」
神谷先輩は汗を拭きながら続ける。
「また探せばいい。」
それだけ言ってコートへ戻っていく。
私はノートを見つめた。
『また探せばいい。』
その一言が胸に残る。
私はもう一度ページを開いた。
今まで見ていたのはボールだった。
違う。
選手を見よう。
目線。
呼吸。
腕の振り。
着地。
小さな癖。
全部、一から。
監督が笛を鳴らす。
「第二セット!」
私はペンを握り直した。
試合が再開する。
相手の九番。
エース。
私はその選手だけを見ることにした。
助走。
踏み込み。
着地。
何度も繰り返し目で追う。
一本。
二本。
三本。
その時だった。
「……あ。」
気付く。
ブロックをかわそうとする時だけ。
右肩がほんの少し下がる。
クロスへ打つ時だけ。
私は立ち上がる。
「神谷先輩!」
プレーが切れた瞬間、神谷先輩がこちらを見る。
「何。」
「九番です!」
息を整えながら伝える。
「クロスに打つ時だけ、右肩が少し下がります!」
神谷先輩は相手コートを一度だけ見る。
「……分かった。」
試合再開。
次の一本。
相手エースが助走へ入る。
右肩が下がる。
神谷先輩が叫ぶ。
「クロス!」
ブロックが一枚寄る。
エースは打つコースを変えられない。
そのまま蓮先輩のブロックへ当たる。
ボールは大きく弾かれた。
「ナイス!」
体育館に声が響く。
守屋先輩が振り返る。
「結衣!」
私は思わず笑っていた。
試合は最後まで競り合った。
結果は一勝一敗。
勝ったわけでも。
負けたわけでもない。
でも。
今までとは違う試合だった。
試合後。
監督が全員を集める。
「今日勝ったことは、どうでもいい。」
守屋先輩が首を傾げる。
「え?」
「途中で修正できた。」
監督は静かに続けた。
「全国で一番大事なのは、それだ。」
誰も口を開かなかった。
「映像は参考。」
「試合は生き物だ。」
「変わる相手に、変われるチームだけが勝つ。」
「はい!」
体育館いっぱいに声が響く。
監督は最後に言った。
「出発は三日後。」
空気が変わる。
誰も笑わない。
誰も喋らない。
全国。
その二文字が、急に現実になった。
神谷先輩がボールを拾い上げる。
「一本。」
その一言で、全員が動き出した。
全国大会まで。
あと三日。
本当の勝負が、もうすぐ始まる。




