トーナメント表
海から学校へ戻る車内は、行きとは別の場所みたいに静かだった。
窓の外には、夕方の海が流れていく。
さっきまで大声で騒いでいた守屋先輩は、座席に深くもたれたまま目を閉じている。
蓮先輩も、その隣で腕を組んだまま眠っていた。
水谷先輩たちの話し声も、少しずつ小さくなっていく。
私はスマートフォンを開き、海で撮った写真を見返した。
水をかけ合っている写真。
砂浜で転んだ守屋先輩。
珍しく大きく笑っている蓮先輩。
全員で撮った集合写真。
画面の中では、誰も全国大会のことを考えていないように見えた。
ただ笑っている。
それだけの写真だった。
「ちゃんと撮れてるか。」
隣から声がして、少し驚く。
神谷先輩が画面を覗き込んでいた。
「撮れてます。」
集合写真を表示する。
神谷先輩はしばらく画面を見つめた。
「守屋、目閉じてる。」
「本当だ。」
拡大してみると、守屋先輩だけが見事に目を閉じていた。
「撮り直せばよかったですね。」
「もう遅い。」
「これはこれで守屋先輩らしいですけど。」
神谷先輩が小さく笑う。
「送っといて。」
「全員にですか?」
「ああ。」
それだけ答えて、窓の外へ視線を戻す。
「神谷先輩にも送りますね。」
少し間が空いた。
「……頼む。」
短い返事。
私は写真を送るため、グループを開いた。
全員へ送信した後、神谷先輩の名前を探す。
同じ写真を個別にも送った。
すぐに既読がつく。
何も返事は来ない。
それでも、神谷先輩がもう一度スマートフォンを見たことには気付いた。
学校へ戻る頃には、空が少しずつ暗くなり始めていた。
荷物を降ろし、合宿棟の鍵を返す。
三日間使った建物の扉が閉まる。
「明日から通常練習な。」
水谷先輩が言う。
「一日くらい休みないんですか?」
守屋先輩が聞く。
「午前だけだって。」
「ほぼないじゃないですか。」
「全国行くんだろ。」
「行きます。」
守屋先輩は迷わず答えた。
「じゃあ、やるしかないな。」
水谷先輩が笑う。
「はい。」
先輩たちは一人ずつ帰っていく。
私も荷物を持ち、体育館を振り返った。
楽しかった時間が終わる。
でも。
次に始まるものがある。
そう思うと、不思議と寂しさだけではなかった。
数日後。
練習前の体育館。
監督が一枚の紙を持って入ってきた。
「集合。」
全員がコートの中央へ集まる。
監督はホワイトボードへ、その紙を貼った。
細い線で繋がれた学校名。
全国大会のトーナメント表だった。
一瞬、誰も声を出さなかった。
「組み合わせが決まった。」
監督が言う。
全員の視線が、トーナメント表へ集まる。
私は聖明高校の名前を探した。
見つける。
本当に書いてある。
県内の大会では見たことのない学校名が、すぐ隣に並んでいた。
「初戦。」
監督が一つの学校名を指差す。
「昨年の全国大会、ベスト十六。」
空気が少しだけ重くなる。
「全国初出場の俺たちからすれば、格上だ。」
守屋先輩がトーナメント表を見上げる。
「初戦から強豪っすね。」
「ああ。」
監督が頷く。
「だが、全国に弱い相手はいない。」
水谷先輩が腕を組む。
「映像はありますか?」
「用意してある。」
「今日から見ます?」
神谷先輩が聞く。
「ああ。」
監督はさらに、初戦の先へ指を動かした。
「勝てば次。」
そこに書かれていたのは、全国でも名前を知られている優勝候補の高校だった。
体育館が静かになる。
守屋先輩が小さく息を吐く。
「きついな。」
誰も否定しなかった。
それでも。
神谷先輩はトーナメント表を見たまま言った。
「初戦から。」
全員が神谷先輩を見る。
「一本ずつ取るだけだ。」
水谷先輩が頷く。
「そうだな。」
蓮先輩もトーナメント表から目を逸らさない。
「全国でも、やることは変わらない。」
「はい!」
声が揃う。
私はトーナメント表を見つめた。
聖明高校。
初めて見る全国の舞台に、私たちの学校名が並んでいる。
県大会で優勝した時。
全国へ行けることが、夢みたいだった。
でも今は。
夢ではない。
そこに、確かに書かれている。
「橘。」
監督に呼ばれる。
「はい。」
「相手の映像、今日からまとめろ。」
「分かりました。」
「見つけたことは全部言え。」
合宿中に言われた言葉を思い出す。
見えているなら、迷うな。
私はノートを開いた。
「はい。」
全国大会まで。
あと少し。
海で笑った時間も。
合宿で過ごした時間も。
全部終わったわけじゃない。
これから戦うために。
私たちの中へ残っている。
体育館にボールを打つ音が響き始める。
全国へ向けた、本当の準備が始まった。




