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青春病。  作者: 翠吉
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58/79

繋がるためのシャッフル

その日の夜。

夕食とミーティングを終えると、監督の指示で再び体育館へ集まった。

外はすっかり暗くなり、窓には体育館の明かりだけが反射している。

選手たちの顔には一日の疲れが残っていた。

それでも、監督はコートの中央にボールを置いた。

「最後に軽くゲームをする。」

「まだやるんすか……。」

守屋先輩が小さく呟く。

「嫌なら走り込みでもいいぞ。」

「ゲームやりたいです。」

即座に姿勢を正すと、周りから笑い声が上がった。

「ただし、いつものポジションではやらない。」

監督が紙を広げる。

「今日は全員、ポジションを入れ替える。」

一瞬の沈黙。

「え?」

最初に声を上げたのは守屋先輩だった。

「俺も打っていいんすか?」

「打てるならな。」

「任せてください。」

「その自信どこから来るんだよ。」

水谷先輩が笑う。

監督が二つのチームを発表していく。

神谷先輩はリベロ。

守屋先輩はセッター。

蓮先輩はミドルブロッカー。

水谷先輩はオポジット。

杉山先輩はアウトサイドヒッター。

小林先輩もアウトサイドヒッター。

岡田先輩はミドルブロッカー。

残りの部員たちも、普段とは違うポジションへ振り分けられた。

「神谷さんがリベロ。」

守屋先輩が嬉しそうに笑う。

「ちゃんと拾ってくださいね。」

「お前がまともなトス上げろ。」

「見ててください。天才的な配球しますから。」

「まずボールの下に入れ。」

試合前から言い合う二人に、体育館の空気が少しだけ和らぐ。

私は得点板の横へ座り、ホイッスルを持った。

「橘、審判。」

「はい。」

「十五点先取。二セット。」

監督は壁際に腕を組んで立つ。

「遊びでも、考えることはやめるな。」

「はい!」

両チームがコートへ入る。

神谷先輩は普段と違う色のビブスを着て、後衛の中央に立った。

少し違和感がある。

一方、守屋先輩はネット際で両手を動かしながら、楽しそうにボールを見つめていた。

「俺のトスで神谷さんを全国へ連れていきます。」

「俺、打たねぇけど。」

「気持ちの話です。」

私は笑いを堪えながら笛を鳴らした。

最初のサーブ。

岡田先輩が打ったボールが、神谷先輩の正面へ飛ぶ。

「オーライ。」

神谷先輩が低く構える。

綺麗なレシーブ。

ボールはそのまま守屋先輩の頭上へ返った。

「ナイス、神谷さん!」

守屋先輩がボールの下へ入る。

トスは蓮先輩。

のはずだった。

「低い!」

蓮先輩が助走を止める。

ボールはネットすれすれを越え、そのまま相手コートへ落ちた。

「決まった!」

守屋先輩が両手を上げる。

「今のはトスじゃねぇ。」

神谷先輩が冷静に言う。

「ツーアタックです。」

「狙ってないだろ。」

「結果が全てです。」

一点目から、体育館に笑い声が響いた。

次のラリー。

杉山先輩がレフトから助走へ入る。

普段は中央から速い攻撃をするため、長い助走に少し戸惑っている。

「杉山!」

小林先輩から二段トスが上がる。

杉山先輩が跳ぶ。

強く打ち込んだボールは、ネットへ直撃した。

「難しいな。」

杉山先輩が苦笑する。

「いつも簡単そうに打ってるじゃないですか。」

守屋先輩が言う。

「お前もいつも簡単そうにトス見てるだろ。」

「セッターの偉大さを実感してます。」

「まだ二本しか上げてねぇぞ。」

水谷先輩が笑いながらボールを拾う。

ゲームは思っていた以上に続かなかった。

トスが乱れる。

助走が合わない。

ブロックの位置もずれる。

普段なら簡単に繋がるボールが、何度も床へ落ちた。

それでも、少しずつ全員の動きが変わっていった。

守屋先輩は何度も神谷先輩へ確認する。

「今の高さどうでした?」

「低い。」

「次は?」

「高すぎ。」

「細かいなあ。」

「スパイカーに合わせろ。」

神谷先輩が言う。

「自分が上げたい場所じゃなくて、相手が一番打ちやすい場所。」

守屋先輩は少しだけ真剣な表情になった。

「はい。」

次の一本。

神谷先輩のレシーブが守屋先輩へ返る。

蓮先輩が中央から助走へ入った。

守屋先輩は一度ボールを見上げ、蓮先輩の位置を確認する。

今度のトスは、少し高め。

蓮先輩が余裕を持って踏み切る。

岡田先輩のブロックより上から、コートへ叩き込んだ。

「ナイストス。」

蓮先輩が言う。

守屋先輩の顔が一気に明るくなる。

「聞きました!?神谷さん!」

「次も上げろ。」

「一回くらい褒めてくださいよ。」

「蓮が褒めただろ。」

「神谷さんから欲しいんです。」

「気持ち悪い。」

また笑い声が起きる。

その一方で、神谷先輩もリベロの難しさを感じているようだった。

強打を正面で受ける。

綺麗に上がる。

次はブロックに当たって大きく方向が変わった。

神谷先輩が反応する。

腕を伸ばす。

けれど、ボールは指先をかすめて床へ落ちた。

「惜しい!」

守屋先輩が声をかける。

神谷先輩は落ちたボールを見つめた。

「今の、どうすれば取れる。」

「最初から正面に入ろうとしない方がいいっす。」

守屋先輩がすぐに答える。

「ブロックに当たったら、最後まで身体の向き見てください。手のどこに当たるかで、だいたい分かります。」

「だいたい?」

「最後は勘です。」

「参考にならねぇ。」

「その勘を育てるのがリベロなんですよ。」

守屋先輩は笑っていた。

でも、その声は少しだけ誇らしそうだった。

神谷先輩も何も言い返さず、小さく頷く。

次のラリー。

水谷先輩がライトから打ち込む。

ブロックに当たって、ボールの軌道が変わる。

神谷先輩は一歩早く身体を動かしていた。

床へ滑り込み、腕を差し出す。

ボールが高く上がった。

「ナイスレシーブ!」

守屋先輩が走る。

乱れた体勢からトスを上げる。

蓮先輩。

二枚ブロック。

強く打たず、空いた場所へ落とした。

一点。

神谷先輩が床から立ち上がる。

守屋先輩がすぐに駆け寄った。

「今の完璧っす。」

「そうか。」

「俺の説明のおかげですね。」

「調子乗んな。」

そう言いながらも、神谷先輩の口元は少しだけ緩んでいた。

私は得点板をめくりながら、その様子を見つめる。

いつもは神谷先輩が指示を出して。

守屋先輩がそれに応える。

でも今日は逆だった。

違う場所に立ったからこそ、見えるものがある。

神谷先輩がいつもどれだけ攻撃しやすいトスを考えているのか。

守屋先輩がどれだけ多くの動きを見て、ボールの落ちる場所を予測しているのか。

蓮先輩が限られた時間で助走を合わせていることも。

水谷先輩がどんな体勢からでも攻撃を選んでいることも。

普段は当たり前に繋がっている一本が。

本当は、いくつもの判断でできている。

「十四対十四。」

私が点数を告げる。

最後の一本。

守屋先輩がサーブを打つ。

力を入れすぎたボールが、真っ直ぐ神谷先輩へ飛んだ。

「チャンス!」

神谷先輩が綺麗に上げる。

相手チームのセッター役がトスへ入る。

杉山先輩がレフトから助走を始めた。

蓮先輩と岡田先輩がブロックへ跳ぶ。

杉山先輩は二枚の手を見て、コースを変える。

指先に当たったボールが、コートの外へ飛んだ。

笛を鳴らす。

「十五対十四。杉山先輩たちの勝ちです。」

「よっしゃ!」

杉山先輩が珍しく大きく拳を握る。

「レフト楽しいな。」

「ポジション変わります?」

水谷先輩が笑う。

「遠慮しとく。」

負けた守屋先輩は、その場にしゃがみ込んだ。

「俺の完璧な配球が……。」

「最後、触ってねぇだろ。」

神谷先輩が言う。

「気持ちは参加してました。」

「意味分かんねぇ。」

監督が短く笛を鳴らす。

笑っていた選手たちが、すぐに監督を見る。

「今日、自分のポジションがどれだけ周りに助けられているか分かったか。」

「はい。」

「セッターだけで攻撃は作れない。」

「スパイカーだけでも点は取れない。」

「レシーブがなければ、何も始まらない。」

監督がコートを見渡す。

「全国で苦しくなった時、自分のことだけ考えるな。」

「隣の奴が何をしようとしているか見ろ。」

「一本は、一人で作るものじゃない。」

「はい!」

全員の声が体育館へ響く。

「今日は終わり。片付けろ。」

「ありがとうございました!」

選手たちがネットへ向かう。

私は得点板を戻し、転がっていたボールを拾った。

「結衣。」

神谷先輩が近づいてくる。

「はい?」

「今日、何か見えたか。」

朝のゲームで、監督に言われた言葉を思い出す。

見えているなら、迷うな。

私はコートの中を見る。

守屋先輩がトスの高さについて蓮先輩に聞いている。

杉山先輩は水谷先輩に助走の取り方を教わっている。

小林先輩と岡田先輩は、ブロックの位置を確認していた。

「みんな、自分のポジション以外のことも考えてました。」

「ああ。」

「いつもの一本が、前よりすごく見えました。」

神谷先輩が小さく頷く。

「それも書いとけ。」

「はい。」

神谷先輩はボールを一つ持ち、倉庫へ向かう。

その途中で足を止めた。

「あと。」

「はい?」

「守屋のトス。」

少しだけ間が空く。

「もうやりたくねぇ。」

思わず笑ってしまう。

「守屋先輩に言いますよ。」

「やめろ。」

今度は神谷先輩も少しだけ笑った。

昼間とは違う。

試合とも違う。

勝つためだけではない時間。

それでも。

笑いながら過ごしたこの夜も。

全国へ繋がる一本になる気がした。

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