挑戦者として
優勝の翌日。
校門をくぐった瞬間、昨日までとは違う空気を感じた。
「男子バレー部だ。」
「昨日の決勝、すごかったよね。」
廊下を歩くたびに、そんな声が聞こえてくる。
教室へ向かう途中、知らない先輩に声をかけられた。
「橘さんだよね?」
「はい。」
「男子バレー部のマネージャー。」
「あ、はい。」
「優勝おめでとう。決勝、すごかった。」
「ありがとうございます。」
頭を下げる。
その人と別れた後も、何度か同じように声をかけられた。
今まで、体育館の中だけにあった時間。
毎日の練習も。
合宿も。
蓮先輩の復帰も。
昨日の決勝も。
全部、私たちだけが知っているものだと思っていた。
それが今は、学校中に広がっている。
少し不思議だった。
「結衣!」
後ろから葵が走ってくる。
「おはよう。」
「おはようじゃないよ!」
いきなり肩を掴まれる。
「優勝おめでとう!」
「ありがとう。」
「昨日、連絡しようと思ったんだけど、絶対疲れてると思って我慢した。」
「正解。バスで寝そうだった。」
「凛太郎先輩の隣で?」
「なんでそうなるの。」
葵がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「写真見た。」
「え?」
「学校の公式アカウント。」
嫌な予感がした。
葵がスマートフォンの画面をこちらへ向ける。
そこには、昨日撮った集合写真が映っていた。
優勝旗を持つ水谷先輩。
その周りで笑う先輩たち。
そして。
一番のユニホームを着て、神谷先輩の隣に立つ私。
「何これ。」
「言わないで。」
「凛太郎先輩のユニホーム着てるじゃん。」
「守屋先輩が勝手に持ってきたの。」
「しかも隣。」
「同じ一番だからって、無理やり。」
「めちゃくちゃ嬉しそうだけど。」
「それは優勝したから!」
葵が声を上げて笑う。
「分かった分かった。」
「絶対分かってない。」
スマートフォンの画面をもう一度見る。
写真の中の私は、自分で思っていたよりもずっと楽しそうに笑っていた。
神谷先輩も、ほんの少しだけ口元を緩めている。
そのことに気付いてしまい、慌てて画面から目を逸らした。
放課後。
体育館へ向かうと、入口の上に大きな横断幕が飾られていた。
『祝 男子バレーボール部 インターハイ出場』
足を止める。
昨日までは、どこにもなかったもの。
全国へ行くことが、もう夢ではなくなった。
「結衣。」
後ろから呼ばれる。
振り返ると、守屋先輩が立っていた。
「何見てるの?」
「横断幕です。」
「ああ。」
守屋先輩も見上げる。
「目立つな。」
「すごいですね。」
「やっと実感した?」
「少しだけ。」
「俺はまだ。」
守屋先輩が笑う。
「昨日の試合、夢だった気がする。」
「三十三対三十一ですよ。」
「長かったな。」
「長かったです。」
「でも勝った。」
「はい。」
「全国っすよ、結衣。」
その言葉に、胸の奥がまた熱くなった。
「はい。」
体育館へ入る。
先輩たちは、いつもと同じように準備を始めていた。
ボールを出す音。
ネットを張る音。
シューズが床を擦る音。
昨日、全国を決めた人たちなのに。
何も変わっていないように見える。
「集合。」
監督の声が響く。
全員がコートの中央へ集まった。
監督は飾られた横断幕へ一度だけ目を向ける。
「優勝おめでとう。」
「ありがとうございます!」
全員の声が揃う。
「昨日はよくやった。」
監督が頷く。
「だが。」
その一言で、空気が変わった。
「県で一番になっただけだ。」
誰も声を出さない。
「全国では、お前たちは挑戦者だ。」
監督の視線が、一人ずつを捉える。
「喜ぶのは昨日まで。」
「今日から、全国で勝つための練習をする。」
先輩たちの表情が引き締まる。
「全国大会までに、県外の強豪校との練習試合を入れる。」
「それから、夏休みに入ったら強化合宿だ。」
守屋先輩が小さく息を吐く。
「休み、消えたな。」
「最初からないだろ。」
水谷先輩が笑う。
「ですよね。」
監督が守屋先輩を見る。
「何か言ったか。」
「何も言ってません!」
少しだけ笑いが起きる。
それでも、緩んだ空気はすぐに戻った。
「全国へ行くことが目標だった奴もいるだろう。」
監督が続ける。
「だが、出るだけで満足するなら、昨日負けていた方がよかった。」
誰も目を逸らさない。
「全国で勝つ。」
「そのために、今日からもう一度積み上げる。」
「はい!」
体育館いっぱいに声が響いた。
「アップ始めろ。」
「はい!」
先輩たちが一斉に動き出す。
私はいつもの場所へ戻り、ドリンクを並べる。
昨日までと同じ。
でも。
少しだけ違う。
全国へ行くと決まった瞬間。
今度は、そこで勝つことが目標になった。
終わったと思った夏が。
また、動き始める。




