2人だけの夜の続き
表彰式が始まった。
コートの中央に並ぶ先輩たちの足には、まだ長い試合の疲れが残っている。
それでも、全員が顔を上げていた。
「優勝、聖明高校。」
名前を呼ばれた瞬間、観客席から大きな拍手が響く。
水谷先輩が前へ出て、優勝旗を受け取った。
その姿を見た瞬間、ようやく実感が湧いてくる。
本当に勝った。
本当に、全国へ行くんだ。
私はコートの外から、何度もシャッターを切った。
表彰式が終わり、選手たちが戻ってくる。
ネットの向こうでは、青峰の選手たちが荷物をまとめていた。
青峰の背番号一が、神谷先輩の前で足を止める。
「全国で負けんなよ。」
神谷先輩が相手を見る。
「お前らの分まで行ってくる。」
「言うようになったな。」
青峰のセッターが笑う。
「次は負けない。」
「ああ。」
短く言葉を交わし、二人は拳を軽く合わせた。
「集合写真撮るぞー!」
水谷先輩の声が響く。
私はカメラを持ったまま、いつものように列の端へ向かった。
「結衣、ちょっと待って。」
守屋先輩に呼び止められる。
「はい?」
「これ着て。」
差し出されたのは、白いユニホームだった。
「え?」
受け取って広げる。
背中に書かれているのは、一番。
「それ、凛太郎さんの予備。」
「ええ!?無理です!」
「なんで?」
「なんでって……!」
思わず神谷先輩を見る。
神谷先輩は露骨に眉を寄せていた。
「勝手に持ってくんな。」
「いいじゃないですか。結衣も選手みたいなもんでしょ。」
「マネージャーです!」
「今日は着て撮ろうぜ。」
蓮先輩まで笑いながら加わる。
「結衣も一緒に戦ったんだから。」
水谷先輩も優勝旗を持ったまま頷いた。
「それは確かに。」
「監督まで何か言ってください!」
助けを求めるように見る。
監督は少しだけ笑った。
「早くしろ。日が暮れる。」
誰も助けてくれない。
私はもう一度、手の中のユニホームを見る。
背番号一。
神谷先輩がずっと背負ってきた番号。
恐る恐る、部活着の上から腕を通した。
私には少し大きくて、裾がいつもよりずっと下まで落ちる。
「似合ってるじゃん。」
水谷先輩が笑う。
「神谷さん、どうっすか?」
守屋先輩が神谷先輩を見る。
「俺に聞くな。」
そう言いながら、神谷先輩は一度だけこちらへ視線を向けた。
「……でかい。」
「それだけですか!?」
守屋先輩たちが笑い声を上げる。
「はい、結衣は凛太郎さんの隣!」
「なんでですか!」
「同じ一番だから。」
「理由になってません!」
背中を押され、神谷先輩の隣へ立たされる。
肩が触れそうな距離。
自分が着ているユニホームが急に重く感じて、上手く笑えなくなる。
「結衣。」
小さな声が聞こえた。
「はい?」
「ちゃんと笑え。」
神谷先輩は前を向いたまま言った。
私は少しだけ息を吐く。
顔を上げる。
「撮るぞー!」
水谷先輩が優勝旗を大きく広げる。
「聖明、全国行くぞ!」
「おー!!」
全員の声が重なった瞬間、シャッターの音が響いた。
帰りのバス。
初めは優勝の話で騒いでいた先輩たちも、時間が経つにつれて一人ずつ眠り始めた。
守屋先輩は蓮先輩の肩にもたれ、水谷先輩は優勝旗の入った箱を抱えたまま目を閉じている。
私は窓際の席で、今日の記録を整理していた。
最後の点数。
三十三対三十一。
何度見ても、胸の奥が熱くなる。
「まだ書いてんのか。」
前の席から声がした。
顔を上げる。
神谷先輩が座席の隙間からこちらを見ていた。
「今日のうちにまとめておきたくて。」
「寝ろ。」
「神谷先輩こそ起きてるじゃないですか。」
「寝れない。」
神谷先輩はそう言って、窓の外へ視線を戻した。
少しだけ迷ってから、私は口を開く。
「あの。」
「ん?」
「最終セットのサーブ。」
神谷先輩がこちらを見る。
「ネットの前に落としたやつです。」
「ああ。」
「合宿の時に教えてくれたサーブですよね。」
長野の夜。
誰もいなくなった体育館。
ネットの向こう側を見ながら、神谷先輩が教えてくれた。
強く打つだけがサーブじゃない。
相手のいない場所へ落とせば、それも一点になる。
「覚えてたんですね。」
「忘れねぇだろ。」
あまりにも普通に言われて、胸が跳ねる。
「使うと思ってませんでした。」
「俺も。」
「え?」
「最初から決めてたわけじゃない。」
神谷先輩は窓の外を見たまま続ける。
「向こうが後ろに下がったから、あれなら落ちると思った。」
「そうだったんですね。」
「あの時、お前に説明しながら打ったから。」
少し間が空く。
「いつもより、よく覚えてた。」
胸の奥が、ゆっくりと熱くなっていく。
神谷先輩が座席の隙間から、もう一度こちらを見た。
「気付いたか。」
「何にですか?」
「あのサーブ。」
「……はい。」
私は小さく頷く。
「打った瞬間に、合宿の時のだって分かりました。」
「そうか。」
神谷先輩が少しだけ笑う。
「ならいい。」
「私が分かると思ったんですか?」
少しの沈黙。
「お前なら分かると思った。」
短い答えが返ってきた。
私は手元のノートへ視線を落とす。
あの瞬間、神谷先輩が何を考えていたのかは知らなかった。
でも。
同じ夜を覚えていた。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
バスが静かに夜道を進んでいく。
窓の外には、流れていく街の明かり。
前の席から寝息が聞こえる。
私はノートへ視線を戻した。
けれど、もう文字は頭に入ってこなかった。
合宿の夜に過ごした、二人だけの時間。
あの時はただ、神谷先輩にサーブを教えてもらっただけだと思っていた。
それが今日。
全国を決める試合の、大切な一点になった。
私たちが過ごしてきた時間は。
どれ一つ、無駄じゃなかった。




