私にしか見えないもの
第二セット中盤。
点差は十三対十三。
どちらも一歩も譲らない。
長いラリーが続き、ようやく笛が鳴る。
「タイムアウト!」
青峰高校。
選手たちがベンチへ戻ってくる。
私は急いでドリンクを渡した。
息を整える先輩たち。
監督がホワイトボードを持ちながら口を開く。
「何かあるか。」
その言葉に、私は記録用紙へ目を落とした。
一本ずつ書き込んできた数字。
相手セッターの配球。
レシーブの位置。
全部を見返す。
「あの。」
思わず声が出た。
全員の視線が私へ集まる。
「相手のセッターなんですけど。」
監督が静かに頷く。
「続けろ。」
「ネットから近い時は、センターをかなり使ってます。」
監督がホワイトボードへ線を引く。
「でも。」
私はページをめくる。
「レシーブがネットから一メートルくらい離れた時は、九割くらい左のエースです。」
守屋先輩が小さく頷いた。
「確かに。」
「あと。」
私は青峰のコートを見る。
「神谷先輩と駆け引きしてる時だけ、逆を使ってます。」
神谷先輩が少しだけ笑った。
「見えてるな。」
その一言で胸が熱くなる。
監督がホワイトボードを全員へ向けた。
「守屋。」
「はい。」
「ネットから離れたら、一歩左へ寄れ。」
「はい。」
「杉山、小林。」
「はい。」
「センターへ釣られるな。」
「はい。」
「水谷、岡田。」
「はい。」
「ブロックはストレートを締めろ。」
「はい。」
最後に監督は神谷先輩を見る。
「向こうは、お前を読んでる。」
神谷先輩は静かに頷いた。
「なら。」
短く息を吐く。
「俺も読む。」
水谷先輩が小さく笑う。
「負ける気しないな。」
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
監督は最後に私を見る。
「橘。」
「はい!」
「いい情報だった。」
たった一言。
それだけなのに、胸の奥が熱くなる。
監督が言っていた。
『お前にしか見えないものがある。』
その言葉が頭をよぎった。
神谷先輩が立ち上がる。
「行くぞ。」
「はい!」
全員がコートへ戻っていく。
私は記録用紙を胸の前で握り締めた。
私にも。
このチームのために戦えることがある。
そう思えた。
タイムアウトが明ける。
選手たちがコートへ戻る。
十三対十三。
会場中の視線がコートへ集まっていた。
青峰のサーバーがボールを受け取る。
笛。
鋭いサーブが岡田先輩を狙う。
「オーライ!」
岡田先輩が身体を入れる。
少しだけ乱れた。
ボールはネットから離れる。
「来る。」
思わず呟く。
青峰のセッターが走る。
ネットには届かない。
一歩。
二歩。
そのまま身体を反転させた。
トスは――。
「左!」
私の声とほぼ同時だった。
青峰の左エースへ、高いトスが上がる。
「守屋!」
神谷先輩が叫ぶ。
守屋先輩は、すでに一歩左へ寄っていた。
スパイク。
鋭いクロス。
そのコースへ守屋先輩の腕が入る。
「上がった!!」
体育館がどよめく。
「ナイス!」
神谷先輩が走る。
相手ブロックは蓮先輩へ三枚寄る。
神谷先輩は一瞬だけ蓮先輩を見る。
青峰も全員が蓮先輩を見る。
その瞬間だった。
「杉山!」
真ん中。
速攻。
杉山先輩が一歩早く跳び、誰もいないコートへ叩き込んだ。
十四対十三。
「よし!!」
聖明ベンチが一斉に立ち上がる。
守屋先輩が立ち上がりながら、ちらっと私を見る。
そのまま親指を立てた。
私は思わず笑って頷く。
「もう一本!」
水谷先輩が叫ぶ。
次のラリー。
青峰は今度こそセンターを使う。
しかし杉山先輩と小林先輩は釣られない。
ワンタッチ。
守屋先輩が拾う。
神谷先輩が走る。
「蓮!」
高いトス。
三枚ブロック。
それでも蓮先輩は迷わず跳んだ。
ドンッ!!
ブロックの指先を吹き飛ばし、ボールがコート奥へ突き刺さる。
十五対十三。
蓮先輩が珍しく大きく拳を握る。
「よし!」
その隣へ神谷先輩が歩く。
「今の一本。」
蓮先輩が神谷先輩を見る。
「結衣のおかげだ。」
一瞬だけ、時間が止まったように感じた。
神谷先輩は振り返らない。
それでも。
確かにそう言った。
胸の奥が熱くなる。
試合はそのまま聖明の流れになった。
青峰が一点返す。
聖明が取り返す。
十八対十五。
二十対十七。
少しずつ。
本当に少しずつ。
流れが聖明へ傾き始めていた。
しかし。
青峰高校も、全国常連。
このまま終わる相手ではなかった。
相手セッターが静かに笑う。
「なるほど。」
神谷先輩を見る。
「そこまで見えてるなら。」
ボールを受け取りながら、小さく呟いた。
「次は逆を突く。」
その目には、まだ余裕が残っていた。




