キャプテンの仕事
翌朝。
ホテルの朝食会場には、昨日よりも少しだけ張り詰めた空気が流れていた。
「いただきます。」
全員が静かに箸を動かし始める。
その中で。
「おかわり行ってきます。」
守屋先輩が立ち上がった。
「まだ一杯目だろ。」
水谷先輩が呆れたように言う。
「今日は準々決勝ですよ?」
「だからです。」
「エネルギー。」
「食べすぎ。」
「大丈夫です。」
神谷先輩が味噌汁を飲みながら一言。
「動けなくなるぞ。」
「ならないっす。」
その横で蓮先輩が小さく笑った。
「昨日も同じこと言ってた。」
「結果?」
「練習前、苦しそうだった。」
「……。」
守屋先輩が黙る。
「見てたんですか。」
「見てた。」
「裏切られた。」
朝食会場に笑いが広がった。
昨日より少しだけ力が抜けた空気。
それでも。
全員が同じ方向を向いていた。
準々決勝。
負ければ終わり。
バスへ乗り込むと、昨日より会話は少なかった。
窓の外を眺める者。
音楽を聴く者。
目を閉じる者。
誰もが、自分なりに試合へ入っていた。
会場へ到着する。
アップを終え、整列。
相手は高さのある学校だった。
ネット越しに並ぶ選手たちを見て、思わず息をのむ。
「でかい……。」
私が呟くと、水谷先輩が笑った。
「まあ。」
「高いだけなら負けない。」
「お願いします!」
笛が鳴る。
試合開始。
第一セット。
序盤からブロックが高い。
蓮先輩のスパイクが、初めて真正面で止められた。
「ドンッ!」
会場がどよめく。
八対八。
十二対十二。
十五対十五。
昨日とは違う。
一点取っても。
すぐ一点返される。
誰も抜け出せない。
「タイムアウト。」
監督がベンチへ呼ぶ。
全員が静かに集まる。
誰も焦った顔はしていない。
けれど。
いつもより声が少ない。
その時だった。
「下向くな。」
水谷先輩が口を開く。
全員が顔を上げる。
「俺たち。」
短く息を吐く。
「何回こういう試合やってきた。」
誰も答えない。
「一本。」
水谷先輩が拳を握る。
「一本ずつ。」
神谷先輩が静かに頷いた。
「そうだな。」
監督は何も言わなかった。
キャプテンの言葉だけで十分だった。
試合再開。
神谷先輩がサーブを打つ。
相手が繋ぐ。
返ってきたボール。
「瞬。」
神谷先輩が呼ぶ。
「分かってる。」
水谷先輩が助走へ入る。
全員が強打を警戒する。
その瞬間。
ふわり。
フェイント。
誰も触れない。
十六対十五。
次の一本。
今度はブロックアウト。
さらに次は。
時間差。
相手ブロックが少しずつ遅れ始める。
「ナイス!」
守屋先輩が叫ぶ。
流れが変わった。
蓮先輩へブロックが集まる。
その隙を、水谷先輩が逃さない。
神谷先輩も、それを分かっている。
二人の目が合う。
言葉はない。
それだけで十分だった。
終盤。
二十三対二十三。
会場の空気が張り詰める。
相手エースが助走へ入る。
高い打点。
真正面。
「ブロック!」
杉山先輩と小林先輩が跳ぶ。
ワンタッチ。
ボールが大きく弾かれた。
「守屋!」
床すれすれ。
守屋先輩が右手一本で拾う。
「ナイス!!」
神谷先輩が走る。
ボールの下へ入る。
蓮先輩には二枚。
三枚目も寄ってくる。
それでも。
神谷先輩は迷わなかった。
高いトス。
「蓮!」
助走。
踏み切り。
ブロックの上。
「ドンッ!!」
ボールがコートへ突き刺さる。
二十四対二十三。
会場が大きく沸いた。
マッチポイント。
相手も粘る。
長いラリー。
何度も繋ぐ。
何度も拾う。
最後。
神谷先輩がバックトスを上げた。
蓮先輩ではない。
水谷先輩。
一枚ブロック。
腕を振る。
相手ブロックの指先を弾き。
ボールはコートの外へ落ちた。
二十五対二十三。
試合終了。
「ありがとうございました!」
整列を終え、ベンチへ戻る。
全員が大きく息を吐いた。
昨日とは違う疲労感だった。
監督が全員を見る。
「今日のMVP。」
自然と視線が蓮先輩へ集まる。
監督は首を横へ振った。
「水谷。」
一瞬静かになる。
「苦しい時間。」
「空気を変えた。」
「キャプテンの仕事だった。」
水谷先輩は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。」
その横で。
「キャプテン。」
守屋先輩が肩を組む。
「今日めちゃくちゃかっこよかったっす。」
「うるさい。」
「照れてる。」
「黙れ。」
周りから笑いが起こる。
私はその光景を見ながら、記録用紙へ結果を書き込んだ。
『準々決勝 25―23 25―20』
また一つ。
勝利が増えた。
その頃。
少し離れたコートの観客席。
試合終了の笛が鳴っても、一人だけ立ち上がらない選手がいた。
青峰高校。
背番号一。
セッター。
「おい。」
後ろからチームメイトが声を掛ける。
「戻るぞ。」
セッターは視線を外さない。
コートの中央。
神谷凛太郎を見つめたまま、小さく笑った。
「やっと。」
誰にも聞こえないくらい小さな声。
「当たれる。」




