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青春病。  作者: 翠吉
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40/59

託されたコート


セット間の短い休憩。

選手たちがベンチへ戻ってくる。

私は急いでドリンクとタオルを渡した。

「ナイスセットです!」

「ありがと。」

水谷先輩が息を整えながら受け取る。

守屋先輩はタオルで顔を拭くと、記録用紙を覗き込んだ。

「最初、一対四だったのか。」

「覚えてないんですか?」

「途中から必死だったから。」

「四点取られた時、顔すごかったですよ。」

「どんな顔?」

「今にも倒れそうな。」

「それ結衣でしょ。」

「私はベンチです。」

「関係ある?」

言い返そうとした時、監督が口を開いた。

「第一セットは取った。」

全員の視線が監督へ集まる。

「だが、入りは最悪だ。」

笑っていた空気が一瞬で消える。

「相手の勢いに飲まれて、サーブ一本で崩れた。」

「次も同じ入りをしたら、今度は戻せないと思え。」

「はい。」

「南陽は十一番だけじゃない。」

監督が記録用紙へ目を向ける。

「途中からセンターを使い始めている。」

私は急いで自分の記録を確認した。

終盤。

南陽のミドルが二本連続で攻撃に参加している。

一本は決まり、もう一本は杉山先輩のブロックに触れていた。

「杉山、小林。」

「はい。」

「十一番に引っ張られすぎるな。」

「セッターの手元を最後まで見ろ。」

「はい。」

監督は神谷先輩を見る。

「向こうは次、蓮をさらに警戒する。」

「分かってます。」

「最初から全員を使え。」

「はい。」

神谷先輩は静かに答え、ドリンクの蓋を閉めた。

「守屋。」

「はい。」

「サーブで崩されても、一本目を上げろ。」

「綺麗に返す必要はない。」

「はい。絶対上げます。」

監督が全員を見渡す。

「第二セット。」

「最初からこっちのバレーをしろ。」

「はい!」

笛が鳴り、選手たちがコートへ戻っていく。

南陽の選手たちも円陣を組んでいた。

十一番が大きな声を上げ、全員がそれに応える。

一セットを落としても、表情は下を向いていない。

むしろ。

次こそは取る。

そんな強さが、離れたベンチからでも伝わってきた。

第二セット。

最初のサーブは南陽だった。

相手のサーバーがボールを高く上げる。

鋭いサーブが、岡田先輩と守屋先輩の間へ飛んだ。

「俺!」

守屋先輩が一歩前へ出る。

腕に当たったボールは、ネットから少し離れた位置へ上がった。

完璧ではない。

それでも、神谷先輩は余裕を持ってボールの下へ入った。

南陽のブロックが蓮先輩へ寄る。

神谷先輩のトスは、迷わず中央へ上がった。

小林先輩が跳ぶ。

相手のミドルも食らいつく。

けれど、間に合わない。

ボールがコート中央へ叩き込まれた。

一対〇。

「ナイス!」

ベンチから声が上がる。

神谷先輩は小林先輩へ短く手を上げた。

第一セットとは違う。

最初から、全員を使う。

その意思がはっきりと見えた。

次のサーバーは小林先輩。

狙ったサーブが南陽の十一番へ飛ぶ。

十一番が少し崩される。

返ったボールを南陽のセッターが追い、中央へトスを上げた。

速い。

杉山先輩が反応する。

手がネットの上へ出る。

南陽のミドルが打ったボールは、その手に触れて後ろへ弾かれた。

「ワンタッチ!」

守屋先輩が走る。

床すれすれで腕を差し込み、ボールを上げた。

「ナイス!」

神谷先輩が走り込む。

ネットから離れた場所。

それでも、両手は迷わずボールを捉えた。

高いトスが、レフト側へ上がる。

水谷先輩。

助走。

踏み切り。

二枚のブロックを見て、強く打ち込まずに指先を狙った。

ボールがブロックに触れ、サイドラインの外へ落ちる。

二対〇。

「よし!」

水谷先輩が声を上げる。

南陽も十一番のスパイクで一点を返す。

二対一。

けれど、聖明は崩れなかった。

守屋先輩が一本目を上げる。

神谷先輩が全員を使う。

杉山先輩と小林先輩が中央から攻撃し、水谷先輩と岡田先輩がサイドから決める。

南陽のブロックが散った瞬間、蓮先輩が高い打点から叩き込む。

六対三。

九対五。

点差が少しずつ開いていく。

「ナイスサーブ!」

守屋先輩の声が響く。

神谷先輩のサーブが、南陽の十一番を狙った。

レシーブが大きく乱れる。

セッターが追いつけず、返すだけのボールになる。

「チャンス!」

岡田先輩が丁寧に上げる。

神谷先輩がネット際へ入った。

蓮先輩がライトから助走へ入る。

南陽のブロックが一斉に寄る。

その瞬間。

神谷先輩は、ボールを背後ではなく前へ押し出した。

杉山先輩。

誰もいない中央。

高く跳ぶ必要さえないほど、完全に相手のブロックを置き去りにしていた。

ボールが床へ落ちる。

十対五。

南陽がタイムアウトを取った。

選手たちがベンチへ戻ってくる。

「いいぞ。」

監督が短く言う。

「向こうは完全に蓮へ寄ってる。」

「このまま真ん中を使え。」

「はい。」

神谷先輩が答える。

「蓮。」

監督が続ける。

「決めにいきすぎるな。」

「お前が引きつければ、他が空く。」

「分かってます。」

蓮先輩は呼吸を整えながら頷いた。

第一セットなら。

自分へトスが来なければ、少し焦っていたかもしれない。

けれど今の蓮先輩は、誰かが決めるたびに真っ先に声を上げている。

自分で決めるだけじゃない。

自分がいることで、誰かを決めさせる。

それもエースの役割なのだと、初めて分かった。

「結衣。」

神谷先輩の声で顔を上げる。

「はい。」

「南陽のセンター、どう?」

突然の問いに、私は記録用紙を見る。

「第一セットより本数は増えてます。」

「でも、セッターがネットから離れた時は使ってません。」

「右に流れた時も、ほとんど十一番です。」

神谷先輩は少しだけ考える。

「分かった。」

それだけ言って、コートへ戻ろうとする。

「神谷先輩。」

「何。」

「今の、役に立ちました?」

神谷先輩は一度だけ私を見る。

「聞いたってことは、必要だったから。」

「……はい。」

「ちゃんと見てろ。」

そう言って、神谷先輩はコートへ戻っていった。

胸の奥が少しだけ熱くなる。

私は記録用紙を握り直した。

試合が再開する。

南陽は流れを変えるため、サーブでさらに攻めてきた。

十一対七。

十二対九。

一度は二点差まで詰められる。

南陽の十一番が、今度はクロスではなくストレートへ打ち抜いた。

十三対十一。

「ナイスキー!」

南陽のベンチから大きな声が上がる。

十一番は拳を握り、味方を鼓舞していた。

第一セットでクロスを拾われたから、打つ場所を変えてきた。

私が記録用紙へ書き込もうとした時。

「見えてる。」

守屋先輩がコートの中から言った。

こちらを見てはいない。

それでも、その言葉が私へ向けられたものだと分かった。

守屋先輩は一歩ストレート側へ位置を変える。

次のラリー。

南陽の十一番へトスが上がった。

腕が振り抜かれる。

ストレート。

守屋先輩が待っていた。

「オーライ!」

綺麗に上がる。

神谷先輩がボールの下へ入る。

今度は蓮先輩へ。

二枚のブロック。

蓮先輩は打ち切らず、軽くブロックの後ろへ落とした。

南陽の選手が飛び込む。

けれど、届かない。

十四対十一。

「ナイス!」

守屋先輩が蓮先輩へ駆け寄る。

「今のずるいっすね。」

「決まればいいだろ。」

「もっとドカンって打ってくださいよ。」

「お前が言うことじゃねぇ。」

二人が笑う。

試合の中でも。

点を取った時も。

失った時も。

聖明の空気は変わらなかった。

それが、南陽との一番大きな違いだった。

終盤。

二十対十五。

南陽は最後まで十一番へボールを集めてくる。

十一番も疲れを見せながら、何度も跳び続けていた。

二十一対十六。

二十二対十七。

南陽のサーブミスで、二十三対十七。

あと二点。

会場の音が、少しずつ大きくなる。

次のサーバーは水谷先輩。

ボールを受け取り、エンドラインの後ろへ立つ。

水谷先輩は一度だけ全員を見る。

神谷先輩が小さく頷いた。

サーブが南陽のコートへ飛ぶ。

相手のレシーブが乱れる。

返ってきたボールを守屋先輩が上げる。

神谷先輩がトスへ入る。

南陽のブロックは蓮先輩を警戒して、ライト側へ寄っている。

トスはレフト。

岡田先輩が跳ぶ。

一枚のブロックの横を抜き、ボールを床へ落とした。

二十四対十七。

マッチポイント。

ベンチにいた全員が立ち上がる。

「あと一本!」

「集中!」

声が重なる。

水谷先輩が再びボールを受け取る。

南陽の応援席から、必死な声が飛ぶ。

まだ終わらせない。

そんな気持ちが、コートの向こうから伝わってくる。

サーブ。

南陽のリベロが綺麗に上げた。

セッターがネット際へ入る。

中央へ飛ぶふりをして、左へトスを送る。

最後も十一番。

水谷先輩と杉山先輩が二枚で跳ぶ。

十一番はブロックを避け、鋭くクロスへ打った。

守屋先輩が床へ飛び込む。

ボールが大きく後ろへ上がる。

「繋げ!」

神谷先輩が追う。

エンドライン近く。

背中をコートへ向けたまま、片手でボールを押し上げた。

高く上がったボール。

蓮先輩が走る。

いつもの助走よりも遠い。

それでも、迷わず踏み切った。

三枚のブロックが揃う。

蓮先輩の身体が、その上へ浮かぶ。

打つ。

そう思った瞬間。

蓮先輩の腕は、強く振り抜かれなかった。

指先でボールの勢いを殺し、ブロックの後ろへ落とす。

南陽の選手が走る。

十一番も飛び込む。

ボールは床に触れ、そのまま小さく跳ねた。

笛が鳴る。

二十五対十七。

試合終了。

一瞬の静寂。

次の瞬間、聖明のベンチから大きな声が上がった。

「よし!」

水谷先輩が拳を握る。

守屋先輩が蓮先輩の背中へ飛びつく。

「最後またそれですか!」

「決まっただろ。」

「かっこよく終わってくださいよ!」

「勝手に決めんな。」

杉山先輩と小林先輩が笑いながら二人へ近づく。

岡田先輩も、強く拳を握っていた。

神谷先輩は大きく喜ぶことなく、全員を整列へ促す。

「並べ。」

その声に、選手たちがエンドラインへ並ぶ。

「ありがとうございました!」

両チームの声が重なる。

ネット際で握手を交わす。

南陽の十一番と蓮先輩が向かい合った。

十一番が何かを言う。

蓮先輩は少し驚いた顔をしたあと、笑って頷いた。

何を話したのかは聞こえなかった。

それでも。

負けた悔しさを抱えながら、真っ直ぐ蓮先輩を見る十一番の姿が、胸に残った。

勝つチームがいれば。

必ず、負けるチームがいる。

当たり前のことなのに。

試合が終わったコートを見て、初めてその重さを感じた。

選手たちがベンチへ戻ってくる。

「お疲れさまでした!」

私は一人ずつドリンクを渡す。

「結衣。」

守屋先輩が受け取りながら笑う。

「初勝利。」

「はい。」

「ちゃんと見てた?」

「全部見てました。」

「俺のナイスレシーブも?」

「もちろんです。」

「何本?」

「数えましょうか?」

「いや、やっぱいい。」

私が記録用紙を開こうとすると、守屋先輩が慌てて止めた。

「少なかったら傷つくから。」

「自信ないんですか?」

「気持ちでは全部上げました。」

「気持ちの話ばっかりですね。」

守屋先輩が笑う。

その隣で、水谷先輩が全員へ声を掛けた。

「まだ初戦。」

笑っていた選手たちの表情が引き締まる。

「今日の目標は、ここじゃない。」

「はい。」

監督も静かに頷いた。

「次の試合まで時間がある。」

「身体を冷やすな。食事を取って、他の試合を見ておけ。」

「はい!」

部員たちが動き始める。

私は記録用紙の最後へ結果を書き込んだ。

『第一セット 25―20』

『第二セット 25―17』

『聖明高校 2―0 南陽高校』

その文字を見つめる。

初めての公式戦。

初めての勝利。

嬉しい。

でも、先輩たちはもう次を見ていた。

私もノートを閉じ、顔を上げる。

体育館では、すでに次の試合の選手たちがアップを始めている。

ボールの音は止まらない。

笛の音も。

歓声も。





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