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青春病。  作者: 翠吉
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38/51

背番号と仲間の思い

インターハイ予選当日。

朝の校舎は、いつもより静かに見えた。

集合時間より少し早く体育館へ着くと、すでに何人かの先輩たちが集まっていた。

守屋先輩はいつも通り水谷先輩へ話しかけている。

けれど、その声は普段より少しだけ小さかった。

蓮先輩は壁際で静かにストレッチをしていて、神谷先輩は一人でボールの感触を確かめている。

私は荷物を床へ置き、持ち物をもう一度確認した。

ドリンク。

タオル。

救急セット。

テーピング。

記録用紙。

昨日も何度も確認したのに、手を動かしていないと落ち着かなかった。

「結衣。」

顔を上げると、守屋先輩が立っていた。

「はい?」

「今日、顔硬くない?」

「守屋先輩に言われたくないです。」

「俺はいつも通りですけど。」

「さっきから同じところ三回ストレッチしてますよ。」

守屋先輩が自分の足元を見る。

「……入念にやってるだけ。」

「緊張してるんじゃないですか?」

「してない。」

「してますね。」

「結衣もしてるだろ。」

言い返せずに黙ると、守屋先輩が小さく笑った。

「まあ。」

守屋先輩はコートの方へ目を向ける。

「緊張するくらいがちょうどいいでしょ。」

その横顔は、いつもより少しだけ真剣だった。

「集合。」

監督の声が響く。

体育館にいた全員が、すぐにコート中央へ集まった。

私も少し後ろへ立つ。

監督は全員の顔を一人ずつ見渡した。

「今日まで、よくやってきた。」

静かな声だった。

「新人戦で優勝してから、お前たちは追われる立場になった。」

「どの学校も、お前たちを倒すために準備してきている。」

誰も目を逸らさない。

「だが。」

監督が一歩、前へ出た。

「お前たちも、今日のために準備してきた。」

長野での合宿。

蓮先輩が跳べなくなった時間。

復帰するために重ねた練習。

一本の高さを追い続けた日々。

いろいろな光景が、頭の中に浮かぶ。

「昨日までの練習を信じろ。」

「隣にいる仲間を信じろ。」

「苦しくなった時こそ、顔を上げろ。」

監督の視線が、全員を捉える。

「今日、勝つぞ。」

「はい!」

体育館に声が響いた。

監督は足元に置かれていた大きなバッグを開く。

その中から、綺麗に畳まれたユニフォームを取り出した。

一瞬で、空気が変わった。

「神谷凛太郎。」

「はい。」

神谷先輩が前へ出る。

監督がユニフォームを差し出した。

白地に刻まれた、背番号一。

「一番。セッター、神谷凛太郎。」

「はい。」

神谷先輩は両手で受け取り、深く頭を下げた。

いつもと変わらない表情。

けれど、ユニフォームを握る指には力が込められていた。

「杉山学。」

「はい。」

杉山先輩が前へ出る。

「二番。ミドルブロッカー、杉山学。」

「はい。」

杉山先輩はユニフォームを受け取り、深く頭を下げた。

「水谷瞬。」

「はい。」

水谷先輩が前へ進む。

監督は背番号三のユニフォームを手に取った。

「三番。アウトサイドヒッター。」

少し間を置く。

「キャプテン、水谷瞬。」

「はい。」

水谷先輩は真っ直ぐ監督を見つめ、ユニフォームを受け取った。

「任せたぞ。」

「はい。」

水谷先輩の声が、体育館に強く響いた。

「朝倉蓮。」

「はい。」

蓮先輩が立ち上がる。

監督の手には、背番号四。

「四番。オポジット、朝倉蓮。」

蓮先輩は監督の前に立つ。

ほんの一瞬だけ、体育館が静かになったように感じた。

新人戦の決勝。

最後の一点まで、蓮先輩はこのユニフォームを着てコートに立っていた。

勝利が決まる、その瞬間まで。

そして、その最後の一本で怪我をした。

監督がユニフォームを差し出す。

「もう一度、ここから始めろ。」

蓮先輩の目が、わずかに揺れた。

「はい。」

両手で受け取る。

「今度は最後まで、立ってこい。」

蓮先輩はユニフォームを強く握り締めた。

「はい。」

短い返事だった。

それでも、その声には迷いがなかった。

「小林雅哉。」

「はい。」

小林先輩が前へ出る。

「五番。ミドルブロッカー、小林雅哉。」

「はい。」

小林先輩はユニフォームを受け取り、頭を下げた。

「岡田宏樹。」

「はい。」

岡田先輩が前へ出る。

「六番。アウトサイドヒッター、岡田宏樹。」

「はい。」

岡田先輩も両手でユニフォームを受け取った。

そして。

「守屋堅護。」

「はい!」

いつもより大きな声で、守屋先輩が前へ出た。

監督は背番号七のユニフォームを持つ。

「七番。リベロ、守屋堅護。」

「はい。」

守屋先輩が両手を伸ばす。

「お前の一本が、攻撃の始まりだ。」

監督が言う。

守屋先輩の表情から、いつもの軽さが消えた。

「必ず上げます。」

ユニフォームを受け取る姿を見て、胸の奥が熱くなる。

背番号は違う。

役割も違う。

けれど、七人全員がコートへ立つために、同じ時間を過ごしてきた。

監督は残ったユニフォームへ目を落とす。

「ベンチに入る選手も、同じだ。」

控えの部員たちが一斉に顔を上げる。

「コートに立つ六人だけで試合をするわけじゃない。」

「流れを変えるのは、途中から入る一本かもしれない。」

「ベンチからの声かもしれない。」

「誰が欠けても、このチームは完成しない。」

監督が、ベンチメンバーへユニフォームを一枚ずつ渡していく。

受け取る選手たちの表情は、全員真剣だった。

「出番が来た時に、準備できていなかったは通用しない。」

「いつ呼ばれてもいいようにしておけ。」

「はい!」

全員の声が重なる。

監督は最後の一枚をバッグへ戻すと、私の方を見た。

「橘結衣。」

「はい!」

突然フルネームで呼ばれ、背筋を伸ばす。

全員の視線がこちらへ向いた。

「お前にユニフォームはない。」

「はい。」

分かっていたことなのに、少しだけ胸が締め付けられる。

監督はそのまま続けた。

「だが、お前もベンチに入る。」

私は顔を上げる。

「選手が見落とすものを見ろ。」

「監督が見られないところを見ろ。」

「記録だけじゃない。」

「表情も、声も、いつもと違うところも全部だ。」

蓮先輩の高さを見続けた日々を思い出す。

神谷先輩に言われた言葉。

ちゃんと見ろ。

その意味が、今なら少しだけ分かる気がした。

「お前にしか見えないものがある。」

監督が言う。

「チームを支えろ。」

胸の奥が、強く鳴った。

「はい!」

声が少し震えた。

それでも、真っ直ぐ監督を見る。

「必ず見ます。」

「全部。」

監督は小さく頷いた。

「よし。」

水谷先輩が、受け取ったユニフォームを胸の前で握る。

「行くぞ。」

「はい!」

部員たちが一斉に動き始めた。

更衣室へ向かう先輩たちの背中を見ながら、私は荷物を持ち直す。

「結衣。」

振り返ると、蓮先輩が背番号四のユニフォームを手に立っていた。

「はい。」

「似合う?」

「まだ着てないじゃないですか。」

「先に聞いとこうと思って。」

「絶対似合います。」

迷わず答えると、蓮先輩は少しだけ目を細めた。

「そっか。」

「じゃあ、決めてくる。」

「はい。」

蓮先輩が更衣室へ向かう。

その先には、水谷先輩たちの姿があった。

「結衣。」

今度は神谷先輩に呼ばれる。

背番号一のユニフォームを肩へ掛けていた。

「荷物、大丈夫か。」

「大丈夫です。」

「忘れ物は。」

「ありません。五回確認しました。」

「多いな。」

「昨日、守屋先輩にも言われました。」

神谷先輩の口元が、ほんの少しだけ緩む。

「なら平気か。」

「はい。」

神谷先輩は一歩進み、私の横を通り過ぎる。

「行くぞ。」

その言葉に、私は強く頷いた。

「はい!」

学校を出発したバスの中は、思っていたより静かだった。

守屋先輩も今日は騒がず、窓の外を眺めている。

水谷先輩はイヤホンを片方だけ耳に入れ、資料を見直していた。

蓮先輩は目を閉じて、座席へ深く腰掛けている。

神谷先輩は前を向いたまま、じっと動かなかった。

私は一番後ろの席で、荷物と記録用紙をもう一度確認する。

窓の外の景色が流れていく。

学校から離れるほど、胸の鼓動が速くなっていった。

しばらくして、バスが会場へ近づく。

窓の外に、ユニフォーム姿の選手たちが見え始めた。

学校名の入ったジャージ。

大きなスポーツバッグ。

肩を回しながら歩く選手。

仲間と声を掛け合う選手。

同じ今日を目指してきたチームが、次々と会場へ集まっていた。

「着くぞ。」

監督の声に、全員が顔を上げる。

バスがゆっくりと駐車場へ入った。

扉が開いた瞬間、外から一気に音が流れ込んでくる。

笛の音。

シューズが床を擦る音。

遠くから響くボールの音。

応援席から聞こえる声。

会場の入口には、多くの選手や保護者が集まっていた。

学校の体育館とは違う。

空気が重い。

緊張と熱気が、目に見えない壁のように押し寄せてくる。

バスを降りると、他校の選手たちの視線がこちらへ向いた。

聖明高校。

新人戦優勝校。

誰かが小さく学校名を口にするのが聞こえた。

追われる側。

監督が言っていた言葉が、現実になった気がした。

「結衣。」

守屋先輩の声に振り返る。

背番号七のリベロユニフォームを着た守屋先輩が、いつものように笑っていた。

「そんな固まってたら、試合始まる前に疲れるよ。」

「守屋先輩こそ、緊張してないんですか?」

「してる。」

あっさりと答える。

「でも。」

守屋先輩は会場の入口を見る。

「ここまで来たら、やるだけでしょ。」

その隣を、水谷先輩が通り過ぎる。

背番号三。

胸元には、キャプテンを示すマーク。

「行くぞ。」

「はい!」

全員が荷物を持ち、会場へ向かって歩き始める。

神谷先輩の背中には、一番。

杉山先輩は二番。

水谷先輩は三番。

蓮先輩は四番。

小林先輩は五番。

岡田先輩は六番。

守屋先輩は七番。

私はその背番号を、一つずつ目に焼き付けた。

体育館の扉をくぐる。

コートの奥まで広がる観客席。

何面も並ぶコート。

高い天井に反響する歓声。

白い照明に照らされた床。

目に入るものすべてが、いつもの体育館とは違っていた。

ここが。

先輩たちが目指してきた場所。

インターハイ予選。

「結衣。」

前を歩いていた神谷先輩が振り返る。

「置いてくぞ。」

「あ……はい!」

私は荷物を抱え直し、先輩たちの背中を追いかけた。

いよいよ。

私たちの夏が、始まる。

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